ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、恩田陸『spring』

今月のプラチナ本

公開日:2024/4/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年5月号からの転載になります。

『spring』

●あらすじ●

「あたしはずっと春ちゃんの存在に戦慄し続けている。」その名に一万もの春を持つ、萬春。8歳でバレエを始めた彼は、15歳で海を渡り、天才バレエダンサーかつ、天才振付家として世界に名を轟かせていく。切磋琢磨を続けるダンサー仲間やバレエの世界へ彼を導いた恩師たち、そしてともに作品を作り上げた作曲家が語る、萬春とはいったい何者なのか。構想・執筆に10年をかけた、待望のバレエ長編小説。

おんだ・りく●1964年、宮城県生まれ。92年、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞、17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と第14回本屋大賞を受賞。

『spring』

恩田陸
筑摩書房 1980円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

ビフォーアフターで語られる絶対的な春物語

1万年前の日本列島は縄文時代で、萬春とはそういう名。彼は舞踊の神に恋焦がれ、叶わぬと知りながら迫ることでたしかな生を享受する。バレエと出会った時から(それがなければ悲劇だ)その型の中でこそ自由になる。それは一体、どういう感覚か。考えてみればパソコンなども同じで、カスタマイズされた市販機を使うことはできても原理はわからない(筆者にわかるとも思えない)。周囲の証言が春本人の述懐にバトンを渡す第四章、彼の言葉が観客である我々のビジョンをも作り変える。

川戸崇央 この春、編集部から卒業することになりました。13年間で出会ってくださった皆さんに感謝です。頼れる後任と後輩ズの新編集部にご期待ください!

 

世界のカタチに触ってみたくなる

何かすさまじい表現を見ると、こちらの鑑賞スキルが低くても、わけもわからず胸打たれてしまうことがある。主人公の春は天才的表現者であると同時に、優れた鑑賞者でもあり、その感動を的確に言語化してみせる。〈気の遠くなるような時間を掛けて定められた「カタチ」の向こうに、人間の真理みたいなものが見える気がしたのだ。〉本書を読んでいるときも、春の踊りの向こうにある「真理みたいなもの」に触れたいという一心で読みふけり、そしてラスト、永遠みたいな美しい春を見た。

西條弓子 本書を読んでふと踊ってみたくなり、バレエはできないのでYouTubeを観ながらソーラン節を全力で踊ってみたら、びっくりするほど楽しかった。

 

天才を見つめる喜び

天才的な舞踏家を文章で表現するにはどうすればいいか。本書では異なる4人の視点から、萬春という人間の途方もなさが語られる。彼の身体能力の高さや振付した演目のエピソードも抜群にすばらしいのだけれど、一番凄みを感じたのは、小学校の卒業を控えた春が廊下に佇む姿を、叔父の稔が目撃するシーンだった。静止した彼の姿かたちをなめるような描写に導かれ、彼の体の線を目でなぞっているような感覚になる。この生々しさたるや。春にもゾッとするけれど、恩田さんにもゾッとした。

三村遼子 BOOKMARK EXでは本書について恩田さんにインタビューしました。お話し中の恩田さんから絶え間なく溢れ出すバレエへの愛を感じてください!

 

バレエの神様に近づくために

類まれなる才能と、魅力的な名前を持つバレエダンサーの萬春。どの視点から語られる春も、凛として美しい。古典文学や自身の人生を投影させ、演目を組み立てていく過程や本番の様子が、目の前に舞台が浮かび上がるほどの圧倒的な熱量で描かれる。しかし、バレエは美しいだけでないと教えてくれる。バレエの神様と近づくために、身体の関係を持つ。バレエに人生を捧げるとはこういうことかとぞっとする。美しさと残酷さがあるからこそ、春の創り出す舞台が輝いて見えるのだろう。

久保田朝子 長年、腰痛に悩まされているタイプなのですが、座り仕事の際に小さなボールを太もも下に置くとかなり改善しました。身体のつながりを実感!

 

努力と才能が掛け合わさって芸術になる

コンテンポラリーは、バレエ好きでもなかなか目にする機会がない踊りだ。だからこそ、本作を読んで衝撃を受けた。今まで一回もバレエを観たことがない人でも、文章から踊りが、そして舞台が見えるはずだ。主人公は自然界や人間の本質を見つめ、核となる部分を限界まで研ぎ澄まして作品を生み出す。圧倒的な才能を持つ人間には、この世界がどのように見えているのだろうか。〝才能〟の素晴らしさと恐ろしさを味わい、『春の人生』という一つの作品を鑑賞したような読書体験だった。

細田真里衣 最近、大好きなほうじ茶が会社の自販機に導入されました。結構マイナーな商品なので、仕入れ担当の中にあの味を愛する同志がいる気がします。

 

私たちを魅了する「春」との出会い

その名に一万もの「春」を持つ天才。本作では、舞踏家・振付家として稀有な才能を持つ萬春について、4人の視点で語られていく。バレエ学校時代をともに過ごしたダンサー、彼に情操教育の面で影響を与えた叔父、バレエ教室で出会い、その後彼の作品づくりに関わる作曲家、そして春自身。彼について紡がれるその言葉を通して、不明瞭だった萬春の輪郭が次第に明らかになっていく。そして、私もまた彼の虜になっていることに気づくのだ。この「春」の訪れにきっとあなたの心も歓喜する。

前田 萌 ジムにあまり通えていません。運動するのは楽しいのですが、仕事終わりに行くのはなかなか難しい……。朝行くことにしてみようと思います。

 

圧倒的な才能を持つ者の美しい揺らぎ

世界的なバレエの振付師・萬春。彼の級友や叔父、幼馴染の眼差しから、春の魅力的な佇まいが浮かび上がる。その中でも、「Ⅱ 芽吹く」の章で描かれる、渡欧する春を見送る空港での場面は印象的だ。両親とこれまで自分にバレエを教えてくれた先生たちに向けて春は泣きべそを搔きながら不安をみせる。幼い頃から特別視されてきた彼の、その一瞬の揺らぎが読者の心を掴んで離さない。最終章では春自身の目線でその人生が語られる。読み終わる頃には一層彼に惹きつけられているはずだ。

笹渕りり子 最終回「20代の失敗酒場」のゲストはコナリミサト先生です。がむしゃらな日々を送られていた20代のコナリ先生のお話にパワーをいただきました。

 

彼の名のつくこの季節にこそ読んでほしい

文字から音が聞こえるという衝撃の体験をした『蜜蜂と遠雷』。今作もまた、眼前に踊りが、さらには音も香りも湿度まで広がるようだ。そしてなんといっても、主人公・萬春の魅力が凄まじい。目が離せず、気がつけば彼の動きにあわせて呼吸を止め、じっと目を凝らしている。そんな風に読み進めてきているから、彼自身が語る最終章でさらに〝濃度〟が上がる。彼が独白のように踊る「春の祭典」でその内面に触れ、あまりの迫力に読後しばらく放心。あぁ、すごいものを読んでしまった。

三条 凪 母が私に習わせようとして連れて行ってくれたバレエ教室で、一糸乱れぬバーレッスンに気圧されて逃げるように帰ってきたことを思い出しました……。

 

その視線の先に神は宿る

昔、同学年にいた才能あふれる友人の存在に打ちのめされたことを思い出した。自分はあくまで群衆のひとりなのだと突きつけられた感覚。しかし本作の読後、その感情はほぐれだす。天才を形作るのは決して本人ひとりではない。そばに佇むだけの登場人物のひとりだと思った私にも役割があったのかもしれない。才能とそれを見つめる周囲の人々の目、さまざまなものが絡み合ったとき、人のそばに神が降りるのかと思うと、彼女を羨望の眼差しで見つめたかつての自分が許された気がした。

重松実歩 諸事情あり、親しい友人に自分のキャッチコピーを考えてもらいました。「傍若無人な大酒飲み」という回答を見て、傍若無人だと思ってたの!?と動揺。

 

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