日本のインド料理屋のほとんどはネパール人経営。インド料理屋のメニューがどこも同じ理由など、「インネパ」の仕組みを徹底解説した1冊

文芸・カルチャー

PR更新日:2024/4/30

カレー移民の謎"
カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(集英社新書)』(室橋裕和/集英社)

 バターチキンカレーをはじめとした数種類のカレーと、写真映えする巨大なナン、タンドリーチキン、オレンジ色の謎ソースのサラダに、食後のマンゴーラッシー。近年、そんなメニューを提供するインド料理屋が、街中に増えている気がする。甘めの濃厚カレーに、ふわふわのナンを絡ませて食べれば、満足感たっぷりで、美味しく、価格も安いからありがたい。だが、どこのお店に入っても、まるでチェーン店かのように、同じようなセットメニューで、同じような味。「本当にこれがインド料理なのか?」と疑問に思えば、どうやら日本にあるインド料理屋のほとんどは、実はネパール人が経営しているらしい。そんな「インネパ」と呼ばれるお店は、なぜ日本に増えているのだろう。どうしてネパール人が日本でインド料理を? どうして似たようなメニューなの?——そんな疑問に答えてくれるのが、『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(集英社新書)』(室橋裕和/集英社)。「インネパ」の実態にとことん迫った1冊だ。

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 本書によれば、今、日本に「インネパ」のお店は、4000~5000軒もあるらしい。どうしてこんなに増えたのかというと、言葉の面でも資金面でも、やりやすい商売だから。さらに、ある「インネパ」の店主は、「料理は前に働いてた店のと同じもの出してるよ。ほら、このメニュー表もデータをもらって、それをプリントしてる」などと、修業していた店のレシピをそのまま流用していることを堂々と教えてくれたというから、日本人の感覚からすると、「オリジナリティを追求しなくていいのか」と少々呆れてしまう。だが、そういう例は多く、「インネパ」を経営する多くのネパール人たちは、数年インド料理店で働いてから独立するのだが、修業した店のレシピをそのまま真似することは少なくないそうだ。よくいえば効率的だが、かなり安直。おまけに修業した店のすぐそばに開業することも多く、修業した店と共倒れということもあるらしい。そんな話を知ると、「もっと工夫すればいいのに」と思わされるが、模倣を重んじるスタイルは、自分や家族の貯金を注ぎこんで日本に出稼ぎにきた、「失敗できない」ネパール人の慎重さの現れなのだという。「インネパ」のメニューは「この国でいかに成功するか」に特化したもの。そこに「きちんとしたインド料理を出す」「故郷ネパールの伝統料理を日本人に提供したい」という気持ちは、ほとんどないらしい。日常的に「インネパ」を利用している身からすると、なんとも悲しい実情がこの本では明らかになる。

「テンプレ化している『インネパ』のメニューのルーツは宮廷料理」「日本にネパール人のカレー屋が増えた時期は、インドのIT産業が急成長した頃」「小泉改革で『インネパ』が爆発的に増えた」「愛知万博も『インネパ』が増えるキッカケだった」——読めば読むほど、意外な出来事が、「インネパ」の急増に繋がっているから面白い。だが、面白がってばかりもいられない。カレービジネスの暗部はあまりにも衝撃的だ。経営者がブローカーとなり、展開される人材ビジネス。現場にあふれる、玉ねぎの剥き方も知らないコックたち。YouTubeで初めて学ぶ、ナンの作り方。月給10万円、現金払い、社会保険なし。同じ国の出身なのに、「もうネパール人には雇われたくない」というコックたちの悲鳴……。初めて知る世界に絶句。「出稼ぎ国家」から豊かになるために日本にやってきたはずのネパール人の悲哀を痛いほどに感じる。

 この本を読むと、日本にやってきたネパール人たちが、どれほど成功したいと強く思っているかをうかがい知ることができる。彼らはなんて貪欲なのだろう。まさかどの街にもある「インネパ」の裏に、ネパール人たちのそんな切実な思いがあったとは……。「インネパ」愛用者必読。この本を読めば、いつも食べている「インネパ」料理に新たなスパイスが加わる。何気なく食べていた「インネパ」の味を、もっと噛み締めてみようと強く思わされることだろう。

文=アサトーミナミ


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