東京の貨物拠点には1日600個以上の貨物が運ばれてくる? “貨物鉄道の内情”に迫ったお仕事系ルポ

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/4/9

貨物列車で行こう!"
貨物列車で行こう!』(長田昭二/文藝春秋)

 鉄道に乗ることが好きな「乗り鉄」や、鉄道写真を撮ることに全力を注ぐ「撮り鉄」など、鉄道ファンには様々な楽しみ方がある。『貨物列車で行こう!』(長田昭二/文藝春秋)は、そんな鉄道ファンの中でも、「貨物列車」に魅入られた人に刺さる夢のファンブックだ。

 実は著者自身、少年時代から貨物鉄道に心奪われてきたひとり。鉄道会社の社員ではないと乗ることができない貨物列車に、強い憧れを抱いてきた。

 本書はそんな著者が、日本貨物鉄道株式会社(通称:JR貨物)の協力を得て、昔からの夢だった貨物列車への乗車を叶えるというルポルタージュだ。路線図や駅構内図に加え、貨物列車に乗ったからこそ撮ることができた劇レアな写真を105点も収録。知られざる貨物列車の魅力を、存分に語っている。

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 東京には、貨物鉄道の拠点駅が2つある。そのひとつが、主に北海道や東北、新潟方面への“北向き列車”が発着する隅田川駅だ。

 隅田川駅は、近隣住民との共存にも力を注いでいる。緊急時には地元自治体の集合場所に指定されており、年に一度、地域住民や鉄道ファンを招いて、「貨物フェスティバル」を開催。貨物駅があることを伝え、貨物鉄道に興味を持ってもらおうと奮闘している。

 地方から隅田川駅に貨物列車で運ばれてくるコンテナの数は、なんと1日平均641個。そして、隅田川駅から全国に発送されていくコンテナは1日平均554個にも及ぶそう。これだけの貨物が集まってくる背景には、宅配事業者や大口の貨物輸送を必要とする企業に出向き、貨物鉄道の利用を呼び掛ける営業部の努力がある。

 隅田川駅構内にあるJR貨物関東支社北東京支店の営業課長・安藤倫有さんによれば、近年は貨物列車のニーズが高まっているそう。従来は輸送距離が500~600kmを超えた場合、鉄道貨物が有利だとされていたが、近ごろはトラックドライバーの減少により、中距離でも貨物鉄道を利用しやすいように提案することもあるという。

 こうした“中の人”しか知らない貨物鉄道業界の内情をとことん知れるのが、本作の面白さ。特に筆者が驚いたのは、神技が求められるコンテナ移動法。貨車に並んだコンテナ間の隙間は拳ひとつ分しかないため、慎重かつ正確な作業が求められるのだ。

 貨物の移動には、チームワークが大切。隅田川駅ではスピードより慎重さを優先し、1チーム13人で作業にあたっているという。

 なお、東京が誇るもうひとつの拠点駅「東京貨物ターミナル駅」では近年、大型コンテナのニーズが高まっているため、「トップリフター」という特殊なフォークリフトが大活躍。トップリフターは大きなコンテナを吊り下げたまま、自由自在に動き回れるという優れモノだ。こちらでも経験を積んだチームによって、1センチのずれもなく、貨車にコンテナが運ばれている。

 正直、日常生活の中で貨物列車を間近に感じることは少ない。だが、改めて身の回りを見渡してみると、貨物列車によって暮らしを助けられている部分は大きいことに気づく。

“旅客列車は「人」を運ぶが、貨物列車は「暮らし」を運ぶ――。”(引用/P41)

 著者が綴るこの言葉に触れると、貨物列車が少し身近なものに感じられるはずだ。

 なお、本書では貨物鉄道会社の内情だけでなく、著者が綴った貨物列車への乗車ルポも読みごたえがある。興奮と臨場感がありありと伝わってくる熱っぽい乗車記は、鉄道ファンならずとも心を揺さぶられるはず。著者は貨物列車に乗って、埼玉県で刷り上がった月刊誌『文藝春秋』が札幌の書店に並ぶまでを追跡してもいるので、そちらも要チェックだ。

 また、ぜひ読んでほしいのが、1943年に開所した歴史ある広島車両所の内情。国内で唯一、機関車と貨車、両方のメンテナンスを行う広島車両所では熟練工が若手に技術を継承しながら、車両の検査や修理にあたっている。安全に貨物列車を走らせようと奮闘する人々の日常に、ぜひ触れてほしい。

 私たちの日常は、どのようにして豊かになっているのか。そんな疑問に答える本書は貨物ファンではなくても、楽しめる一冊。知られざる貨物鉄道の世界を楽しんでみてはいかがだろうか。

文=古川諭香

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