今月のプラチナ本 2011年11月号『コンニャク屋漂流記』 星野博美

今月のプラチナ本

更新日:2012/2/6

コンニャク屋漂流記

ハード : 発売元 : 文藝春秋
ジャンル: 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:星野博美 価格:2,160円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『コンニャク屋漂流記』

●あらすじ●

祖父は千葉の外房の漁師の六男で、祖母は外房の農家の次女。東京に出てきてから町工場を始めた祖父の記憶しかないが、私にとって祖父は子供の頃からとてつもなく大きな存在だった。だが、漁師の血を受け継ぐわが屋の屋号はなぜか「コンニャク屋」!? なぜ漁師なのにコンニャク屋で、なぜよりによってコンニャクなのか? 大人になった私は、祖父が遺した15年前の手記を手がかりに、わが屋のルーツ探しを思いつく。それは、東京・五反田から千葉、和歌山へ、時空を超える長い旅の始まりだった─。家族や血族の意味を静かに問い直す、感動のノンフィクション。

ほしの・ひろみ●1966年東京都生まれ。作家、写真家。大学卒業後、会社員、写真家・橋口譲二氏のアシスタントを経てフリーに。2001年『転がる香港に苔は生えない』で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『謝々!チャイニーズ』『銭湯の女神』『のりたまと煙突』『迷子の自由』『愚か者、中国をゆく』、写真集に『華南体感』『ホンコンフラワー』がある。

『コンニャク屋漂流記』
文藝春秋 2100円
写真=首藤幹夫
advertisement

編集部寸評

誰もみな漂流者だから、漂うルーツを慈しみたい

はるか昔、大陸から海を渡って来た人々や、南の島々から黒潮の流れにのって来た人々が、僕たちの祖先となった。人は、山を見ればその彼方に想いを馳せ、海を見れば波の向こうの大地を夢見る。誰もが旅人であり漂流者なのだ。ムーミン谷で安寧の日々を送るムーミンパパですら、かつては世界の海を巡る冒険家だった。だから本書の〝コンニャク屋〞の一族が、和歌山から海を渡って千葉の外房に着き、漁師として生きたのもうなずける。漁がうまくいかないときはおでん屋をやったりしているところもいい。土地にも、職にも縛られない。自由で逞しいのだ。生きる力が漲みなぎっているのだ。著者は言う。「故郷は絶対ではない。案外、行き当たりばったりなものなのだ」と。そう、生まれた場所や肌の色に絶対的価値などない。フラットなものだからこそ、ささやかに愛することがふさわしい。名もなき一族の来歴が、大河歴史小説と同じように魅力的な理由は、そこにある。

横里 隆 本誌ご隠居兼編集人。11月22日発売を目指し、山岸凉子さん『日出処の天子』完全版1巻を鋭意製作中。カラー原稿をすべて再現した保存版です。ぜひ!

記録ではなく記憶を受け取りたい

ちょうど、自らのルーツが気になっていた。私の両親はそれぞれの故郷から東京に出てきて結婚したので、二人が生まれ育った土地に私はなじみがない。両親は、そして祖父母は、どのように生まれ、生きてきたのか。歴史に名を残すような家系でもなく、ヒントはほとんど残っていない。だが同じような関心を抱いた著者には、祖父の手記があった。1 3歳で東京に出て工場に勤めた当時の「朝七時から夜十時迄働く、これが普通でした」「休日は一日と十五日の二回」といった簡潔な文章から、祖父の暮らしはもちろん、景気など社会的な背景も垣間見える。歴史書に載るような〝記録〞ではなく、生活の〝記憶〞。私が生まれてくる以前に、笑い、食べ、働き、生きていた人がいる。その記憶を受け取ることは、やがて私が死んだあとにも、誰かが何かを受け取る可能性につながる。本書の「おわりに」を読み、そのことに思い至って、この本の抗いがたい魅力の源に気づいた。

関口靖彦 本誌編集長。本誌編集長。遅い夏休みを取り、母の故郷である長崎を初めて訪れる予定。母が1 0代のころ、よく放課後に境内で読書したという神社に行ってみます

まさに「血が騒ぐ」、そんな読書経験

幼い頃から祖父母と暮らしていたわりには、昔語りをじっくり聞くという経験はほとんどなく育った。唯一記憶に残るのは、肉声による祖父の自分史録音を手伝ったときのことだ。カセットデッキを持ってきてくれと私に頼み、自分の生まれ、家族・親戚構成に始まって、「○ ○尋常小学校○年卒~」と謳い上げるように語った祖父。小学生だった私はそうした祖父の真意を掴みきれずにいたが、いま考えれば、言葉を残したいという思いもさることながら、その場で私に聞かせたい気持ちも多分にあったように思う。著者の祖父・量太郎さんが胃癌を患って自宅療養中に手記を書いていたというくだりを読んだ時、真っ先にそれが脳裏に浮かんだ。本書がこれほど面白いのは、かんちゃんに代表される一族面々のユニークでタフな人柄、そして何より星野さん自身がそうした資質を受け継いで卓越した追求力、想像力で突き進んでいくさま。ある種の冒険譚ともいえるだろう。

稲子美砂 文庫特集ではいろんなプロに取材・寄稿でご協力いただきました。又吉さんのインタビューはホントに楽しかった。本好きの血が滾りました

どんな家にも歴史と物語がある

祖父の手記を手がかりにここまで調べ読み物にした著者に感服。私も昔、我が家のルーツを探ろうと試みたことがあるのだが、祖父の時代に家系図が消失してしまっていたこともありあっさり諦めてしまった。しかし、そのとき父から聞いた祖父母や曽祖父母の物語は今も心に刻まれている。本書がこんなに面白いのは、我が家の過去にも実は壮大なドラマがあるのではと思わせてくれ、自分の命が過去に生きた誰かの思いによって繋がってきたのだと感じさせてくれるからだ。

服部美穂 やっと、やっと夏が終わった ……! この夏は気圧の乱高下にやられてすっかりダウン。秋冬は満喫したいです!

自分のルーツに思いをはせる

自分の家には一体どんなドラマが隠されているのだろう……と親戚たちの顔が浮かんできた。著者同様に、はじめから自身のルーツを把握している人なんてほとんどいないはずだ。小さい島国の、その場所に住みついた理由とは一体?著者は、思い立ったその瞬間から自身のルーツをまるで探偵のごとく入念に調べあげる。人の歴史、土地の歴史が途絶えるその前に、細い糸を丁寧に手繰りよせ、奇跡のような事実を掴むのだ。読むほどに湧き上がる己の知的欲求に興奮した。

似田貝大介次号の『ゴーストハント』特集を準備中。そして12月発売の『幽』16号では、子供向けの怪談を特集します

その先の場所に進むために

祖父の病を思いやってみんなが食べさせたアワビの殻でできた庭の道、自分のことを「見物(みもん)」だと口癖のように話す 9 0歳の元気なかんちゃん。冒頭から人情味あふれるエピソード、魅力的な人々に、ゆるゆると気持ちがほぐされていく。旅とともに繋がっていく記憶は、長い時間をかけて丁寧に描かれた手書き地図を眺めているようで、あたたかい気持ちになった。また前を向いて進むために、ときには立ち止まり自分を遡る。そんな大切さを、本書が教えてくれた気がする。

重信裕加 ルーツとは関係ありませんが、南国育ちの私は昔から寒い場所に憧れます。鮭と塩辛とビールが美味しいこの頃です

海に生きる人々の輝き

「コンニャク屋のかんちゃん」というおばあちゃんが登場すると、途端に、その場面が元気で明るくてほんわかしてくる。私は山の生まれなので、実際の漁師のノリは、理解していないのだろうけど、かんちゃんのように、元気と豊かな感情を持ち合わせていないと、厳しい海と向き合いながら暮らしていくことはできないのかな、と思う。本書は「コンニャク屋」のルーツを探す物語だけど、ルーツ探しの面白さ以上に漁師を生業として生きる人々の魅力でいっぱいだった。

鎌野静華 9/1、TTRE・土屋礼央さんのバースデーライブへ。音楽の力は絶大でした。礼央さんらしい演出も健在(笑)

大好きな、おじいちゃん

強く印象に残ったのは、星野さんのおじいちゃんに対する想いの深さ。全編通して、祖父の量太郎さん、そのほか親戚の巌さんや量治さんなどへの、「かっこいいなぁ」という気持ちをひしひしと感じる。人生の先輩たちへの敬意の念。たしかに、出てくる彼らの生き様は格好良く、憧れる。だがそれ以上に感じたのは、その格好良さを発見し、見詰めて、掬い上げる星野さんの格好良さだ。人の素敵なところをまっすぐ見詰められる人が、一番美しく、強い。そう思いました。

岩橋真実 コミックエッセイ劇場で公開中伊藤三巳華さん『視えるんです。』新作もおじいちゃん話。本書とのリンクも感じた

ルーツ巡りは家族と向き合う時間

家族のルーツを探る作業は楽しい。両親の写真から想像する当時の空気や、祖母から聞く祖父との出会いなど。知れば知るほど歴史の宝箱を掘り当てたような喜びが押し寄せる。そしてそこには、不確かな記憶によるものだからこその尊さがある。著者は「歴史の終わりとは、家が途絶えることでも墓がなくなることでも、財産がなくなることでもない。忘れること。」と記す。せっかくの宝を持ち腐れとするか否かは自分次第なのだと、本作を通して改めて思い知らされた。

千葉美如 シンガポールで初のF1観戦。市街地を封鎖したサーキット場で美しい夜景と爆音をたっぷり堪能してきました

大人に贈るノンフィクション。

星野博美が自らの一族のルーツ探しに挑んだ本作は、実家で眠っていたアルバムを見返しているかのような、温かくて切ない気持ちにさせてくれる。どこの家にも著者が語るようなエピソードはあり、それがこの作品の持つ親密さを生み出しているが、もっと言えば〝自分の血族〞というピンポイントのテーマに対して、著者がかけた膨大な時間と労力が本作に高い共感性を持たせている。著者の家族と歴史を慈しむ心が伝わってくるのだ。これぞノンフィクションの真骨頂。

川戸崇央 ヤマシタトモコさん特集。刺激的な言葉が連発したインタビュー。女は「あるある!」男は「ゴメンナサイ……」

どの家族にも壮大な物語がある

昔から親戚筋と交流がない。だから初めて行ったお墓参りの際、香川県に墓があったことに驚いた。なぜ私の実家は兵庫に? 今作は著者がそんな疑問と向き合い、祖先のルーツを探る旅に出る話。房総半島から和歌山県まで史料片手に出かけていく珍道中から、一族の歴史が紐解かれ、壮大な家族の物語が見えてくる。「不安から身を守る唯一のお守りは記憶」との一文にはハッとした。記憶、歴史こそが今の自分を形成するもの。私も血を辿る旅に出たくなってきた。

村井有紀子 くるり主催「京都音楽博覧会」へ。新体制のフジファブリックの「ECHO」を聴いて涙。大切な人を思い出しました

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif