2006年04月号 『へうげもの』 山田芳裕

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

へうげもの(1) (モーニングKC (1487))

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:山田芳裕 価格:540円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年03月06日


『へうげもの』1巻 山田芳裕 講談社モーニングKC 540円

advertisement

 織田信長の直臣で、200石の食い扶持しか持たぬ古田左介は、貧乏ながら数奇者の自信と矜持を持っている。その左介は信長の命により、裏切り者・松永久秀の元に使者として向かうことになる。使者としての役目を果たそうとするも、松永が持つ大名物・平グモ(茶釜)のことが気になってしょうがない左介は、数奇者の先達・松永に圧倒される。交渉は決裂し、城を出た左介が見たのは、平グモと爆死しようとする松永。爆音と共に空中に四散する平グモを追って、佐介は飛ぶ……。
 後の茶人・古田織部こと古田左介の若かりし頃の、驚嘆すべき数寄者としての生き様を大胆な構図で描く。

撮影/石井孝典
撮影協力/Gallery éf (東京・浅草)

やまだ・よしひろ●1968年新潟県出身。『大正野郎』でデビュー。著作に『デカスロン』『度胸星』『いよっおみっちゃん』『ジャイアント』など多数。


横里 隆

(本誌編集長。いよいよ今月中旬、習っているバレエ教室の2度目の発表会がある。週2回のレッスンも佳境で多くの人々に迷惑をかけている。もう少しで終わるので待っててくださ〜い)

左介は何ひとつ諦めずに戦国の世を生きのびられるか?


告白すると、自分はフィギュアやガレージキットやロボットに、ただならぬ執着を抱いている。いわゆる立派な、オタク、だ。日曜の午後など、よくうっとりと、製作したガレージキットを眺めていたりする。言葉や物語に耽溺する仕事の反動なのか、過剰に語らない“モノ”や“カタチ”の圧倒的な力に魅せられる。思わずロボットに語りかけていたりして(汗)、はたから見たらちょっと怖い、しかしそれは個人的には心地いい至福の時間だったりする。ゆえに本書の主人公・左介が、器や碗などの“モノ”に強く欲望するさまが理解できる。そして作中では、この“物欲”に対するさまざまな解釈が描かれ、左介を翻弄する。武将・荒木村重は“業”と言い、信長はそれを道具として天下獲りに利用しようとする。そして千宗易(千利休)はモノに宿る芸術性をもって日本を“侘び”の国に変えようと画策する。左介はそうした歴史を創ってきた者たちの間で揺れ惑う。戦国の世で武士として花開くか、それとも数奇者(風流を好む者)のままで行けるかと。物欲、茶の湯の宇宙観、戦国武将たちの生き様、それぞれが絡まり、熱く、熱く、物語は暴走する。おもしろい! 気づくと、“オタク”という言葉を“数奇者”と言い換えて自己肯定している自分がいた……。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

武将たちのデフォルメしたキャラや史実の大胆解釈がユニーク


下剋上の激しい戦国時代、権力の象徴として名物や茶器を集めた者も多くいたが、古田左介は純粋に「物」に魅せられた元祖オタクともいうべき人物(妻の乳房を見て志野焼の茶碗を思うほど)。現代では彼のような生き方に共感も多いが、当時は至極変わり者として映ったことだろう。冒頭、左介は織田信長はじめ居並ぶ武将たちを(心中で)ファッションチェックする。彼の「物」へのこだわりとセンスが感じられて、まずつかまれた。本作は、左介が自身の物欲にどこまで正直に生きつつ、サラリーマン武士としてどう出世していくかが読みどころ。また、彼を取り巻く織田信長、羽柴秀吉、千宗易、明智光秀といった人物も非常にキャラ立ちしていて、衣裳などの外見や各エピソードが際立っている。「本能寺の変」についての大胆解釈にも注目。


関口靖彦

(私は内向的なオタクです。左介と3歳しか違わないのに)

数奇者だけど、すげえ武士。左介の男っぷりに惚れた!


着物や器に目がない主人公・左介。一瞬、内向的なオタクのカリカチュアかと思ったが、読み進めるとぜんぜん違う。左介、けっこうヤル男なのだ。17年以上も織田信長に仕え、今では直臣のひとりに出世。数奇の知識で信長を喜ばせたかと思えば、斬られる覚悟で苦言を呈す肝っ玉もある。この1巻ですでに、信長に「何かやりそうな男ではある」と言わしめているのだ。その信長を出し抜こうとする秀吉も「左介はいろいろと使える男よ」と一目置き、秀吉とともに天下取りを企図する千宗易は「私の弟子の中でも面白きお方……大事になさいますよう」と秀吉に助言。そして風呂のシーンでは、左介の全身に刀傷が見える。オタクどころか、かなりの男前、立派な武士なのだ。そのうえで「へうげもの(ひょうきん者)」。武士で趣味人で、でも飄々と、軽やかに前を向いている。カッコイイ。最近は等身大の主人公が“共感”を呼ぶ作品が多いが、ひさびさに“憧れ”をかき立てられた。


波多野公美

(素樹文生さんの連載『ストロベリー ショート』の単行本が発売中!本誌P60〜のインタビューもご一読あれ)

ロックの名曲にのせて、驀進する数奇者たち

各話のタイトルがまず気になった。「黒く塗れ!!」「碗LOVE 」「茶室のファンタジー」……もちろん、モトネタはそれぞれ、時代を経ても勢いが衰えないロックの名曲ばかり(THEROLLING STONES 「Paint it Black」、BOB MARLEY 「ONE LOVE」、EARTH,WIND&FIRE「Fantasy」)。青年マンガを読まない人には癖が強く感じられる絵柄かもしれないが、内容も、名曲に遜色ない勢いと吸引力があり、自らの欲に忠実な数奇者たちの驀進ぶりを楽しめた。登場人物たちがしょっちゅう目を見張っているが、引き続き読者の目も見張らせる展開を期待したい。


飯田久美子

(『メイク・ア・ウィッシュの大野さん』好評発売中です。しつこいようですが、ぜひ読んでください)

「へうげもの」って、ホメ言葉ですよね?


昔、「戦国時代の人って一生戦争中だったんだ……」と思い愕然としたことがある。でも、大きな時間軸で見れば戦争のなかに人生まるごとスッポリはまっていても、ちがうことで笑ったりする日だってきっとあったはずだ、と自分に言いきかせた。人生すべて戦争だったわけじゃないはずだ、と。だけど、戦国時代を描いたお話はたいてい、「天下を獲る」という大きな物語の枠に回収されるものしか知らなかった。それが、『へうげもの』での古田左介は「天下を獲る」「獲らない」という2 分法ではないところに、価値を見出している。それは左助の魅力でもあり、この作品そのものの魅力だろう。時代の読み方に、こんな視点があったんだと目からウロコが落ちました。それに、戦下の緊迫した場面で他の武将の甲冑に、心の中でツッコミを入れるような左助のキャラクターは、単純にかなり好きでした。


似田貝大介

(怪談を書きたいけれど、うまく書けない!そんなときには、怪談を書くための文章講座『怪談の学校』をどうぞ。絶賛発売中です!)

今も昔も変わらない数奇者たちの夢のあと


猛々しい欲が渦巻く戦国時代の象徴・織田信長。他の武将も同様に、物や力を己の欲望のままに手に入れんとする。著者はいままでもスポーツ界、宇宙、戦国時代、あらゆる舞台で“人の欲”というテーマを一貫して描いてきた。欲こそが力なり。奥深きこだわりと執着は現代のオタクにも通じる。そもそも男のロマンとは、こういうものなのかもしれない。戦国時代を舞台にした本作では、煩悩を悪とする仏道を尊びつつも、乱世の世に生きる男たちの心情がここにあるのだろうか。本作を読む前、部屋の“名物”を処分しなくてはと考えていたが、勇気が湧いてきた。掃除は保留に決定。続刊が待ち遠しい。

宮坂琢磨

(『へうげもの』を盾に、自分のオタク性を正当化しようとするも失敗、泥沼化)

背筋をのばして刮目して読め、オタクたちよ


私たちは知っている。織田信長をはじめ、多くの武将が血で血を洗う闘争の戦国時代に生きたことを。そしてそこには一つの不思議がある。やるか、やられるかの時代に生きる彼らが、なぜ血眼になって茶器を集めたのか。『へうげもの』は、命を懸けて物欲を貫き通す男たちを、彼らの視点に寄り添って描くことでそのなぜに答える。白刃きらめく戦場でも、名物があれば、そこにグッと視点がうつり、千宗易の茶室に呼ばれた古田左介は驚愕のあまり茶室に宇宙を見、そして妻の乳房から志野の茶碗に思いを馳せる。このダイナミックな作画は、数奇者の滑稽さを通り越し、物に憑かれた男たちの圧倒的な魅力を伝えるのだ。

『アムネジア』
稲生平太郎 角川書店 1680円

編プロに勤める“僕”が新聞でみつけた、ある老人の死。ありふれた事件のはずが、老人の名にひっかかりを感じた“僕”は、その老人の消息を追い始める。しかし、老人をとりまく噂は怪しげな話ばかりで老人の実像に近づくことができない。やがて“僕”も持っているはずのない記憶に取り憑かれ始める。老人が関係していた永久機関の取材は、いよいよ“僕”の現実と虚構の境を曖昧にするが……。なかでも、不思議な雰囲気をもつ樋川に、訳もなく惹かれてゆくのだが……。恋心の微妙な機微を淡々とした文体で連ねていく3編の短編集。


関口靖彦
読者を異空間に連れ去る悪魔的作品


舞台は1980年代の大阪、孤独な老人の死の裏に闇金融の世界が……というイントロだけ説明すると、一昔前の社会派推理小説のよう。それがいつのまにか、満州で永久機関で宇宙人でUFOな話になってしまう。地に足ついた設定から読み始め、その地面を一歩一歩進んでいたつもりが、いつのまにか虚空に放り出されている。読み終えても、いつから地面がなくなっていたかわからない。なにしろリーダビリティが抜群に高いのだ。リアルな描写、読みやすい文章、リズミカルな場面転換。その手際の鮮やかさがクセモノで、人攫いのように読者を“かみのけ座”へ連れ去ってしまう。しかも弊誌前号の著者インタビューで、「じつは整合性をつけてある。ただしあえてわかりやすく説明しなかった」と聞いてしまっては、謎を解くべく再読するしかない……。ちなみに、プラチナ本の座を最後まで『へうげもの』と争った。マニア向けの偏狭な作ではないことを、請け合っておく。

イラスト/古屋あきさ

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif