誰もいなくなった世界での、かなりエロチックな絶望と自由

更新日:2015/9/29

最近この世界は私だけのモノになりま​した……

ハード : 発売元 : 集英社
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著者名:唯登詩樹 価格:※ストアでご確認ください

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 フォトグラファー中野正貴の労作に『TOKYO NOBODY』(リトルモア)という素敵な写真集があって、一葉一葉に、くっきりと、東京の風景を映し出していくのだが、すこぶる奇妙なのは、この東京には人がいないのである。無人の渋谷、無人の新宿、無人の銀座。いったいどうやってこんな光景をカメラに収めることができたのか、その魔法は知るよしもないけれど、人と人がウジャウジャと陽炎のようにたぎり、熱気とささくれを孕みながら呼吸する東京の街に、いるべきはずの人がいないと、それだけで、幻をつかまされたかとも思うし、ページをめくる度、新鮮さにハッと胸をつかれる。それでもその新鮮さの奥にどうしても別のなにかが隠れている気がしないでいられず、よく味わってみるなら、それはなによりも「静けさ」だ。空気が、静かなのである。ふだん我々を冷たくあしらうビル群も、ひっそりと佇んで動かない。この静謐は、機能を保ったまま、ビル群が、美しい廃墟に化したかと思わせる。そうしてどこか「死」の匂いを漂わせる。そう、これは人間が死に絶えたあとの街路でもあるのだ。そのことがなぜか我々の神経を鎮静させる。

『最近この世界は私だけのモノになりました……』も、ヒンヤリとしたコミックだ。

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 ある朝、美希が目を覚ますと、町から人が消え去っている。電気も水道もとまり、風の音以外、都会が削り出してくる、あの「うねり」のようなホワイトノイズも聞こえてこない。美希だけを残して、世界は空っぽだ。食べ物を、そしてなによりもいるかも知れないほかの誰かを探してさまよい歩けば、期待はむなしく、彼女の孤独はますます深まっていくばかりである。にもかかわらず、不思議なことに、この最初の数ページは読み手に澄んだ水のような「自由」を感じさせる。どこへ行ってもいい、何をしてもいい、自分の絶望にさえ責任を取れば、どんな束縛からも解き放たれた、涼しい自由の感触が、ページを流れている。

 やがて美希はやっと一人の小太りの青年と出会う。いかにもオタクの外貌である。いちばん嫌いなタイプであるにせよ、貴重な他者である彼と、ほかの人々を探すため、とりあえず美希は故郷の街を目指して西へ向かうことにする。ここからの伏線、あるいは謎の提出が強烈に巧い。大都会からトンネルを一つ抜けただけであたりは緑に包まれた自然の宝庫になってしまい、世界の変容にはまだ美希の預かり知れぬ巨大な法則性のあることを感じさせる。水浴びのあいだに服が盗まれ、木陰で正体不明の男に襲われる。空に飛行船が現れるが、途次で出会ったもう一人の少女・睦月にはそれは不気味な怪物の姿に見えている。美希は、病的といえるほどの「暗闇恐怖症」である。夜の闇なんて言うまでもなく、通りから引っ込んだブティックの薄暗い店内にさえ入ることができない。なにか深いトラウマが彼女の中にうずくまっていることを暗示する。

 もうひとつこのコミックは、いかにも男子向けの作品らしく、エロチックな要素もたっぷり仕込まれているのも、楽しいと言えばひどく楽しい。キャバクラ勤めだった美希は、なぜかきわどい下着を着るのが大好きで、でもってHなことも大好きで、持ち運ぶ衣装はすべて可愛いというか、露出度満点のランジェリーで、とっかえひっかえ着替えてくれるのである。当然胸はかなり大きい。夜の闇をやり過ごすため、ひとりHで息も絶え絶えになりなんも分からなくなって眠りにつくのが毎夜の習慣だ。そんな女がいるのか、という疑問には、あったり前だがいやしねえのであるけれど、むかし、日活ロマンポルノという成人映画では始まって10分以内にまずひとり脱ぐというお約束がなければならなかったのと同様で、人格よりサービス重視が頼もしい展開になっているわけである。

 さて、この物語はどこへ行くのだろう。作者の中には出来事の裏側を支配する大きな絵柄が用意されていると私たちの想像力を強く刺激して、もどかしくページをめくらせてしまう。


ある朝、世界からは誰もいなくなっていた

人を探して街をさまよう

きわどい下着を身につけるのが趣味

病的な暗闇恐怖症

美希の過去には、兄との秘密の出来事が