『情熱大陸』に出たい!「上陸」に異常な執着を見せる男の悲哀を描いたコミックエッセイが話題

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2017/7/20

『情熱大陸への執拗な情熱』(宮川サトシ/幻冬舎)

 読者諸氏には、何か情熱を注いでいるものがあるだろうか? 私は「フィギュアを集める」がそれである。お財布や占有スペースに優しくない上、集め始めたら最後、コンプリートするまで止められない危険なシロモノだ。まあ何に入れ込むかは人それぞれだが、ひとりの漫画家が、あるテレビ番組に異常な執着を見せる姿を描いたコミックエッセイが話題となっている。それが『情熱大陸への執拗な情熱』(宮川サトシ/幻冬舎)だ。

 作者の宮川サトシ氏は、「神龍に願うとしたら巨万の富や永遠の命などではなく、自分を『情熱大陸』に出させてくださいと頼むだろう」と自ら語るほど、『情熱大陸』に出たくてたまらない漫画家。ご存じの向きも多いだろうが『情熱大陸』とはTBS系列で放送されている人間密着ドキュメンタリー番組で、葉加瀬太郎氏による軽快なテーマ曲が印象的だ。宮川氏はこの番組を意識するあまり、「情熱大陸っぽいから」とジョギングを始めてみたり、撮影クルーが同乗していることを前提で車を運転したりするなど、いつでも『情熱大陸』に出演(氏は「上陸」と呼ぶ)できるように自らの生活を作り上げていた。家族はいい迷惑なのだが、本人としては気分よく己の「夢」に浸れていたのだ。

 しかしその状況が一変する事態が発生する。宮川氏の幼馴染である海洋学者のワタナベ氏が、なんと『情熱大陸』に「上陸」してしまったのだ。自分より先に「上陸」を果たした友人を見て愕然とする宮川氏は、激しい嫉妬に襲われた挙句、この一件の評判を確かめるため出身地の岐阜に里帰りしたのである。同郷の友人たちの酷評を期待していた氏であったが、現実にはワタナベ氏に対する高い評価を聞かされることに。嫉妬や羨望などが渦巻き憔悴しきった宮川氏は、ついにある「決断」を下す。

 その「決断」とは、『情熱大陸』からの「離陸」である。「離陸」とは氏曰く「『情熱大陸』から距離を置く」ということらしい。そうすることによって「大陸側をこちらに引き寄せようとする」のだ。宮川氏によれば効果はあったようで、「離陸」生活以後、彼の周りで『情熱大陸』に関連する出来事が己の意思とは無関係に聞こえてくるようになったという。「機は熟した」と宮川氏は先に「上陸」したワタナベ氏と会うことに。彼との差に打ちのめされる宮川氏であったが、同時に自分の情熱を「できること」に注ぐしかないと悟る。そして本作『情熱大陸への執拗な情熱』を執筆するのだった。

 この作品がWEBで発表されると、多くの反響を生んだ。そして本命の『情熱大陸』ではなかったが、フジテレビ系の『ザ・ノンフィクション』のディレクターと会うことに成功する。結局『ザ・ノンフィクション』の出演も叶わなかったが、BSジャパンの『日経スペシャル 夢織人~小さなトップ企業~』という番組にレポーターとして出演することはできた。本人は『情熱大陸』への「上陸」だけにこだわっているが、いち漫画家がテレビ番組に出演すること自体がレアケースであることもまた事実なのである。

 結局、宮川氏に『情熱大陸』からのオファーが来ることはなかったが、結果としてテレビ出演を果たし、『情熱大陸への執拗な情熱』のコミックも出版された。本人の希望と違うとはいえ、一般的に見ればこれは大成功といっていい。好きなものを「好き」と発信し続けることは、本筋ではなくても成功を得るカギになるのかもしれない。ただ皮肉なのは、本書の版元である幻冬舎の担当編集が、間接的ながら『情熱大陸』に「上陸」していたことである。担当の一瞬ともいえる「上陸」を覚えていた宮川氏。そんな彼の「執拗な情熱」が報われる日は、訪れるのであろうか──。

文=木谷誠