犯罪が起こる前に見抜く!? 史上最速で事件を解決、探偵が「人を殺させない」ミステリ 井上真偽著『探偵が早すぎる』

文芸・カルチャー

2017/7/21

先日まで、推理しない探偵がテレビドラマを賑わせていたが、探偵=事件を解決するものというのは万人共通の見解だろう。ところがここに、またニュータイプの探偵が登場した。推理はする。解決もする。だけどそもそも事件を起こさせない。『探偵が早すぎる』(井上真偽/講談社)に登場するのは、事件に先んじてトリックを見破り依頼人を救う、究極の名探偵なのである。

こんなにトリッキーで面白い探偵小説を読むのは久しぶりである。なにせ上巻、語り手のほとんどが犯人なのだ。

父の死によって5兆円もの遺産を手にした高校生の少女・一華、その命を狙う親族にさしむけられた刺客が、あの手この手で犯罪計画を練る。その一部始終が包み隠さず語られるのだが、いざ実行にうつさんとしたその瞬間、あるときは仕掛けが不発に終わり、あるときは凶器が消え、愕然とした犯人にいずこからか声がする。何もかも見抜いて事件を防ぐ伝説の名探偵――「トリック返し」による謎解きの声が。

最初から、読者あるいは視聴者に犯人の正体が提示されている、というスタイルじたいは他にもある。たとえば古畑任三郎。でも、老練な彼でさえ、事件現場に登場するのはすでに人が死んだあとだ。事前に疑いはしても、事件を防ぐことはできない。防いでしまったら、自分の見せ場がなくなってしまう。ドラマとして成立しない。それなのに、本作はその「防ぐ」ことが読み手のカタルシスにつながっていく。しかもこの探偵、その名のとおり、犯人が仕掛けようとしたのと同じ手で犯人を返り討ちにする。まだ罪に手を染めてはいないのに。それも悪の成敗というだけでなく、どこか楽しげに、むしろ嗜好のような趣で。「あ、この探偵もわりとやばい奴だ」とうすうすわかるが、それもどこか爽快に感じてしまうから不思議だ。

さらに、上巻の最後まで探偵の正体はさっぱりわからない。一華につかえる謎の家政婦・橋田が呼んだ信頼に足る相手らしいのだが、一華と面会するより先に、彼女のあずかりしらぬところでさっさと事件を解決、もとい防いでいく。そのためおとぼけ気質の強い一華は水面下の出来事には何一つ気づかずのんびり過ごしているという、この対比がまた面白い。

とはいえ打つ手をことごとく防がれた親族連中があきらめるわけもなく、ごうつくばりの親戚が一堂勢ぞろいする四十九日は、一華がその身を囮にのぞむ総決戦! ……となるのが下巻。上巻にはなかったトリック用の見取り図など、その手法はますます本格化していくのだが、上巻をうわまわる鮮やかな手際で、破竹の勢いで刺客を返り討ちにしてしまうのだ。あまりに早すぎて、やっぱり一華は気づかない。自分を心配するそぶりを見せない橋田に、ぷりぷりしている。かわいい。そしてなぜか四十九日に乱入する、マイペースな彼女の親友ふたりもいい味を出している。

敵も味方も、端役の刺客でさえキャラクターが濃いため、どこかコミカルに進行していく暗殺ドラマ。アニメ化、ドラマ化しても面白そう……と期待してしまう一方で、小説でしか表現できない、倒叙の妙を描き出しているのも読みどころのひとつ。探偵は、果たして物語にはどう解決をつけるのか。最後の最後まで伏線だらけなので、目をこらして楽しんでいただきたい一作だ。

文=立花もも