喜多喜久著の化学ミステリ『化学探偵Mr.キュリー』の読後感が爽やかすぎる!

文芸・カルチャー

2017/8/21

『化学探偵Mr.キュリー』(喜多喜久/中央公論新社)

 学校で、個性的でおもしろい人たちと、刺激的な時間を過ごす。時間はあっという間に過ぎて、楽しかった思い出が心地よく胸に残る――。

 四宮大学庶務課の新人職員・七瀬舞衣がもちこむさまざまなトラブルや事件を、天才化学者の沖野春彦准教授が解決する『化学探偵Mr.キュリー』(喜多喜久/中央公論新社)シリーズは、そんな爽やかな読後感を感じさせてくれる人気ミステリ小説だ。発売中の6冊の累計部数は47万部を突破しているという。

 舞台は大学のキャンパス。探偵役の沖野はクールで不遇な天才化学者。事件を依頼する舞衣は、庶務課の仕事(事件解決)のため、そして自分の好奇心を満足させるため、沖野をうまく転がして推理させる手腕を発揮するしっかり者。男女のペアだが恋愛要素は薄く(というかほぼない)、話が進むほど、舞衣の沖野転がしの腕があがり、二人の会話はどんどん漫才のようになっていく。本作の魅力は、キャンパスの謎を化学で華麗に解き明かすカタルシスだが、色恋がからまないことで、沖野と舞衣の個性は一層際立ち、作品のおもしろさを引き立てている。

 随所にあるコミカルな場面をひとつ紹介しておこう。とある事件を起こした小柄な女性が、舞衣に追われて逃げ、作戦通り反対側で待機していた沖野に突進するシーン。行く手に立ちはだかり、「待ちなさい、逃げてもなんにもならないぞ」と手を大きく広げて止めようとした沖野に向かって、女性は頭突きで突進。その頭がみぞおちに炸裂し、「おうふ」と呻いて沖野はうずくまり悶絶。舞衣は「弱っ!」と叫び、ろくに運動していない理系人間を当てにしたのは作戦ミスだったと悔いるのだ。読者の二人への好感度はあがるが、二人が恋に落ちる要素は見当たらない。本書の最後には、新たなヒロイン候補らしき存在があらわれるのだが、それもかなり愉快な登場なのである。

 一話完結の短編形式で、テンポ良く事件が解決していくのも、読んでいて気持ちがいい。人が死なない優しいミステリでもある。化学に知識がない人も、日常のなかにある「化学」を知るきっかけになり、知識欲が満たされるだろう。本作では、クロロホルム、ホメオパシー、人体発火などが事件の謎の鍵になり、それぞれに「へえ~!」と思わされる解説が沖野によってなされている(化学の謎解きをする沖野は文句なくかっこいい)。著者自身が研究者なので、化学の説明は本格的だが、たいへんわかりやく書かれているので、文系読者が物語を楽しむのを邪魔することはまったくない。

 2013年の刊行開始以来現在まで、今年ボイスドラマになった以外は、メディアミックスのない作品だが、映像化にもたいへん向くと思われる。それはいつかの楽しみにとっておくとして、まずはぜひ、小説でこの爽快な読後感を体験してみてほしい。事件の謎、キャラクターのかけあい、化学の話――引き込まれて夢中になっているうちに、一気に読んでしまうこと間違いなしである。

文=波多野公美