「面倒」が「楽しい」に変わる! 83歳と86歳のご夫婦による自給自足のていねいな暮らしの極意とは
更新日:2017/10/20
「ていねいな暮らし」に憧れる。毎日手作りしたごはんを食べ、ぱりっとアイロンをかけたシャツを着て、洗い物は溜まっておらず、古い家具は大事にメンテナンスして、夜はきれいにベッドメイクした床に就く。それはいうなれば、自分のために手間暇をかけた生活だ。
でも「ていねいな暮らし」はハードルが高い。だから、そのフレーズを目にするたび、どこか後ろめたいような、気まずいような、ちょっと叱られているような気持ちになった。まるで親から「きちんとしなさい」と言われている子供みたいに。
ただでさえ、慌ただしい生活を送っているのに、どうしたらそんなに手間暇をかける時間を捻出できるのか……正直、大変そうで面倒だし、ずぼらな私にとってはかえって苦しいだけかも。そんな諦めと憧れの気持ちが同居したまま、日々が過ぎていった。
でもある日『あしたも、こはるびより。』(つばた 英子・つばた しゅういち/主婦と生活社)に出会った。83歳と86歳のご夫婦による自給自足の生活を紹介した一冊で、それはまさに「ていねいな暮らし」を絵に描いたような日々。でも、読んでいても「どうせ無理」と諦める気持ちや、「こう暮らさねば」と押し付けられているような気分にはならなかった。なぜなら、登場するご夫婦が、とても楽しそうだったから。
「ここは小さな家ですが、それでもやればやるほど、仕事はたくさんあるもんです。高齢だからとものを極力少なくして、合理的な暮らしをしようと考えている人が多いようですが、変化のない家では思い出が少なくなってしまうのではないかなあ」
そう語るのは、つばたしゅういちさんと英子さんご夫妻。本書は2011年に出版された一冊で、第二弾『ひでこさんのかたらもの。』に続き、今年の秋に第三弾の発売も決定しているそう。2017年1月には、ふたりの生活を追った映画『人生フルーツ』も公開された。
ふたりは名古屋市近郊にある、築35年を超える平屋に住む。家は、建築家だったしゅういちさんが設計した、使い勝手のよいワンルームの丸太小屋。その横には「キッチンガーデン」と呼ばれる200坪の畑があり、四季折々の野菜や果物(年間で野菜70種、果物50種!)を植え、落ち葉と野菜くずで手作りした堆肥を使っている。
整理整頓が得意なしゅういちさんと、家事全般が得意な英子さんは、ナイスコンビ。どこに何を植えたかがすぐわかるかわいい名札を作ったり、毎日の献立メニューやおもてなし料理を記録したり、家のメンテナンスをしたりするのは、しゅういちさん。英子さんは、普段の食事以外にも、保存食作りや、娘さんやお孫さん、お友達に送るお惣菜の調理などのために台所に立ち、キッチンガーデンで野菜や果物を育てる。
しゅういちさんは、女性詩人の言葉を用いながら、こう語っている。
「私たちは出発しなおさなければならないのかもしれません。見て、感じて、おどろくことだけにとどめ、説明しないように心がけること。考えるより、見ること。本質的なことは、見ることを学ぶことなのかもしれません。見ているときに考えたりすると、見る力が弱くなって、何も見ていないことになりそうですから」
頭で考えるより、感じること。そのことにハッとした。私たちはつい「頑張ること=苦しくても我慢すること」と思いがちだ。だから「ていねいな暮らし」といわれると、瞬間的に「頑張らないといけない」と思えて、大変そうに感じてしまう。
でも、ふたりの生活を読み進めるうちに、楽しさが前提にある「頑張り」は苦しいものではないのだと思い出す。「自給自足のエコライフ」と聞くとハードルが高いのに、なぜか「楽しそう」「真似してみたい」と思えるのは、ふたりが“心が喜ぶこと”を優先している様子が伝わってくるから。それは居心地のよい部屋で、心穏やかに笑顔で暮らしたいという感覚。その心を重んじれば、手間暇かけた「ていねいな暮らし」も面倒にはならないのだろう。
また、ふたりの暮らしを支える、さまざまな工夫もある。それはたとえば、注意されて嫌な気持ちにならないように作られた伝言板。互いの得意で不得意を支え合う役割分担。「お互い、何ごとをも強要しない」という暗黙のルール。笑顔で暮らすために、しゅういちさんが書いている「楽しいことしか書かない日記」。タイトルにもある、ふたりの「こはるびより」な生活は、たくさんの創意工夫の上にも成り立っているのだ。
各章には、季節ごとの英子さん手作りレシピが掲載されている。実はこの本、「料理レシピ本大賞2017」のエッセイ部門受賞作品でもあるのだ。今の季節であれば、おいしそうな栗きんとんやいちじくジャム…。今までだったら「買えばいいか」と思うそれらも、読後は試してみたくなる。「家のなかに、ジャムのいい香りが漂ったら…」と想像するだけで、優しい気持ちになるから。
ふたりの暮らしを垣間見たあとは、前よりも「ていねいな暮らし」のハードルが少し下がっているはずだ。それは、自分の心が喜ぶために手間暇をかける暮らし。一気に真似できなくても、少しでも。彼らのエッセンスを取り入れてみても、いいかもしれない。
文=富永明子
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