1582年6月1日。あの日、「本能寺」で一体何が起こったのか――。重く激しい一日を描いた、迫真の時代小説『信長の二十四時間』がついに文庫化

文芸・カルチャー

2017/10/21

『信長の二十四時間』(富樫倫太郎/講談社文庫)

「織田信長は家臣の明智光秀に攻められて、本能寺で自害した」……というのは、誰もが知っている歴史の話だ。しかしこの裏には、一つの大きな謎が存在する。「光秀はなぜ、信長を裏切ったのか」。

 あと一歩で天下統一まで迫り、勢いに乗っていた信長が、家臣によって突然命を絶たれたこの事件は、あまりにも唐突で衝撃的であったため、多くの憶測を生んでいる。――本当に信長を追い込んだのは、明智光秀だったのか? その理由は何だったのか、と。

『信長の二十四時間』(富樫倫太郎/講談社文庫)は、信長が殺された「本能寺の変」の一日(二十四時間)を中心に、その裏で渦巻く人々の黒い思惑を描いた重厚な時代小説である。

 伊賀の忍者・文吾(ぶんご)は、信長によって仲間を虐殺され、その復讐に燃える若き青年だ。信長の伊賀攻めで生き残った文吾をはじめとする、忍者百地(ももち)党の5人は、信長暗殺のために、朝廷や武将を利用し、また利用されながら、本懐に向けて蠢動する。

 時に、本作における「信長の野望」をご説明しておこう。

 信長の目的は、日本を統一して、織田幕府を開くことではなかった。鎌倉・室町幕府の失敗を学んだ信長は、同じやり方で日本を治めるのではなく、武士が台頭する以前の、朝廷政治を復活させようと試みた。簡単にまとめてしまえば、全国の土地は朝廷のもの。朝廷から派遣された役人が、土地を管理すること、である。

 それはつまり、各地を治める大名から領地を没収することを意味しており、先祖代々の土地を守ることにアイデンティティを持ち、それが常識となっている武士にとって、到底受け入れられない未来像であった。

 また一方で、朝廷も危機感を強めた。信長は天皇を譲位させ、自分は上皇となって権力を握り、朝廷を乗っ取ろうと画策していた。

 さらに、天下が統一され、新しい統治が始まれば、信長は自分に害を為す可能性のある有力な家臣団をことごとく排斥するだろうということも分かり、信長に仕える武将たちも安穏としていられなくなってしまう。

 こういった恐ろしき信長の野望を前に、織田信忠、豊臣秀吉、徳川家康、明智光秀、朝廷が、生き残りをかけて様々な思惑を交錯させる。そして、そのデスサバイバルに、信長の復讐を誓う文吾たちが関わり、物語は権謀術数が入り乱れ、思いがけないラストへと続いていくのである。

 本作、最後の最後まで誰が「勝者」になるのか、まったく分からなかった。

「本能寺の変」の一日が克明に描かれ、まるでこれが「史実」だと信じてしまいそうになるほどの緻密な展開と細部の書き込み、武将たちの心理、説得力がありながらも先の読めない「意外性」に富んでいたと思う。

 忍者の復讐劇に、武将たちの欲望、野望、恐れ、葛藤が複雑に関わり、「本能寺の変」という日本史史上最も有名で、多くのミステリーを隠すこの事件の「著者的真相」を描いている本作。

 この重く激しい一日を、読者も手に汗を握りながら読んでもらいたい。

文=雨野裾