その統計うのみにして大丈夫? 統計詐欺にだまされないためのリテラシーを身につけよう

社会

公開日:2017/10/30

『統計は暴走する』(佐々木彈/中央公論新社)

 はじめに断っておくと、本書『統計は暴走する』(佐々木彈/中央公論新社)は世の中にあふれる統計が間違いだといっているわけではないし、統計をもとになされるさまざまな主張や提言の正誤、是非を断定しているわけでもない。

 統計とは客観的で科学的、正しいものだと無条件に思い込まれることがあるが、実はそうではない。統計は誰かが“意図”をもって編集し分析したものである。だからこそ、統計とそれにもとづく主張を無批判にうのみにするのではなく、リテラシーにもとづき批判的にとらえる必要がある――つまり、統計にだまされないよう気をつける必要がある。これが本書のメッセージだ。

 統計の裏にひそむ意図を読み取るためには、いくつかのテクニックがある。本書では結婚、たばこ、経済政策、利き腕など身近なテーマをあつかう20の例題が登場する。例題を丁寧に読み解きながら、一見筋が通っていそうな主張の裏にあるからくりを見つけ出し、統計にだまされないためのテクニックを身につけていく。

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「出生率の低下により少子化がすすみ、人口再生産の縮小がおきている。背景と考えられるものに晩婚・非婚化が認められる。そこで少子化対策として、妊娠・出産に関する知識の一環としての“妊娠適齢期等”の情報の普及が望まれる」

 これは例題のひとつを要約したものだ。著者は前置きとして、“出生率の低下による少子化と人口再生産の縮小”や、少子化と同時並行的に進行してきた“晩婚・非婚化”について、統計的な事実認識は誤っていないことを確認する。そのうえで、この例題で問われるのは「晩婚・非婚化を食い止めるため“妊娠適齢期等”の情報普及を推進する」という提言が、はたして論理的に正しいのかということだ。

 詳細はぜひ本書で確認してほしいのだが、結論としては少子化に関わるさまざまな制約条件のうち、どの制約条件がバインド(拘束)していて、どの制約条件があまりバインドしていないのかを区別する必要があるということだ。例題の提言では、あたかも“妊娠適齢期”情報が少子化を左右するかのように述べられているが、子どもを産む・産まないの選択には妊娠適齢期を知っているかどうかだけでなく、男女の結婚意欲や子持ち願望、身体的状況、経済的状況などさまざまな制約条件が関わっている。むしろ“妊娠適齢期”情報以外の制約条件のほうが、少子化に影響している可能性もある。

 それなのに例題の提言では、少子化に対して“妊娠適齢期”情報がどれだけ影響しているかの検証や説明が十分に行われないまま、あたかも“妊娠適齢期”情報のみが重要であるかのように結論づけられている。例題の前半にある少子化、晩婚・非婚化という統計的事実と、後半の提言とが論理的に正しく接続されていないのだ。特定の主張を説得力あるようにみせるため、さまざまな統計データが飾りのように使われることを著者は“統計詐欺”だと警告する。

 もう一度確認しておくが、著者は例題としてあつかわれる主張や提言について、正誤や是非を決めつけているわけではない。したがって「妊娠適齢期の情報を周知するという提言は誤っている、やめるべき」といっているわけでもない

。大切なのは、統計と主張とが論理的に正しくつながっているか、もしかして一方的に主張を押し通すために統計がうまく利用されているのではないか――わたしたちがそんな嗅覚を養い、自分たちの頭で判断していくことなのだ。

「ひとつの統計詐欺を見抜くためには、他のさまざまな統計データをくまなくチェックしなければならないのでは?」「自分が統計詐欺に気づけるか不安」という人もご安心を。著者によるとまず、統計をうのみにする前に常識と照らしあわせてみることがポイントだという。常識と見比べて腑に落ちない統計や主張があれば、本書で紹介されるテクニックを活用して論理的に正しいかどうか、信頼に足るかどうかを判断していこう。ただし自分の中にある“常識”がそもそも誤っている、偏っている場合は、統計詐欺に気づけないことがある。統計と上手につきあうためには、論理的思考や統計詐欺を見分けるテクニックも重要だが、まずは常識をもつこと、場合によっては常識という名の思い込みや偏向に気づき修正していくことが大切なのだ。

文=市村しるこ