暴政はどのようにして人々を支配するのか? ファシストに洗脳されないために

社会

2017/11/1

『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー:著、池田年穂:訳/慶應義塾大学出版会)

 ファシズム―。特定の政治理念のもとに全国民が結束するよう強制する力のことである。第一次世界大戦後のドイツやイタリアなどでファシズムが蔓延し始めたとき、多くの国民が政府の暴走を認めないまま事態を悪化させた。また同じ頃、ソ連でスターリンが台頭し、全体主義が広がっていくのを国民は止められなかった。いつの時代も独裁国家はにこやかな表情とともに訪れ、悪魔のような結果を世界にもたらすのだ。

『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー:著、池田年穂:訳/慶應義塾大学出版会)はイェール大学教授であり、ハンナ・アーレント賞をはじめとする数々の評価を得てきた歴史学者が現代社会に鳴らす警鐘である。アメリカ人である著者が自国民に向け、ヨーロッパの暗い歴史からファシズムの台頭を防ぐための「レッスン」を伝授する内容だ。しかし、多くの部分が驚くほど日本と重なり合うのに驚かされる。

 20のレッスンそのものは「組織や制度を守れ」「自分で調べよ」とシンプルな文言に見える。しかし、それぞれの解説を追っていくと歴史に実証された非常に深い意味が含まれていると分かる。

 たとえば、「忖度による服従はするな」というレッスンを見てみよう。2017年、日本でも広く話題になった「忖度」だが、ヨーロッパでは忖度が数々の惨劇を生み出してきた。1938年、ヒトラー率いるナチス・ドイツが隣国オーストリアを併合すると脅すと、オーストリア国民は忖度によりナチスへの忠誠を示し始めたという。オーストリア・ナチ党員がユダヤ人迫害をはじめると、党員でない国民までもがすすんで加担した。その後、ウィーンはユダヤ人大量殺戮の重要拠点となり、ヒトラーが予想していた以上の成果を挙げた。著者は忖度の危険性をこう述べる。

そもそもの始まりにおいては、忖度による服従が意味するのは、熟慮もせずに新しい状況に本能的に適応することなのです。

「職業倫理を忘れるな」というレッスンではナチスの政策において、職業人としての本分を果たせなかった人々が挙げられていく。大量殺戮に加担した法曹家や医師、公務員たちがそれぞれの規範に依っていたなら、狂気の沙汰でしかないホロコーストはありえなかったかもしれないのだ。

「自分の意志を貫け」では、1940年にイギリス首相のウィンストン・チャーチルが取った行動が解説される。当時のイギリスは世界の勢力図から孤立無援で、有力な同盟国も持っていなかった。イギリスはポーランドを支援するために第二次世界大戦へと参戦したが、すでにポーランドはドイツに占領され、イギリスが戦争を続ける意味はなくなった。何よりも、ドイツはイギリスに敵対感情を持っていなかったのである。しかし、チャーチル首相はドイツとの和解を拒絶し、フランスに「君らフランス人がどう行動しようとも、我々イギリス人は戦って戦って戦い抜くだろう」と宣言した。チャーチルが意志を曲げ、ドイツと和解していたら、世界史は陰惨な方向に塗り替えられていた可能性が少なくない。

 本書のレッスンが気づかせてくれるのは、「暴政」を許すのは民衆の思考停止に他ならないという教訓である。著者は何度も「テレビやネットだけではなく本も読もう」と訴えかける。テレビやネットでは悪意に満ちた言葉が、反対する文脈ですら使用され続けている。暴政の影響から離れて思考力を養うには、優れた書籍に勝る資料はない。

 そして、「自分に限って」「この国に限って」という思い込みこそが暴政に付け入る隙を与えてしまうのだと本書は教えてくれる。ドナルド・トランプ氏が大統領選を戦っていたころ、当選を予想していた西欧メディアに対し、アメリカの報道だけが落選を信じていた。人は身の回りの変化ほど気づきにくいと証明する一例だ。だからこそ、我々は広い視野で物事を勉強し、暴政に背を向けるだけの勇気をふりしぼる必要があるのだろう。歴史的事実に基づく本書の言葉は日本の読者にも重く響くはずだ。

文=石塚就一