本屋大賞ノミネート作『ツバキ文具店』の小川糸と、人気イラストレーター平澤まりこが紡ぐ! 神様が宿る「ミトン」を作り出した、ひとりの女性のつつましやかで美しい生涯

文芸・カルチャー

2017/11/2

『ミ・ト・ン』(小川糸/白泉社)

 読み終えた本の裏表紙をそっとなでながら、背筋が伸び、無性に手が動かしたくなってくる。小川糸さんの小説には、そんな働きをする神様が宿っているような気がする。
『食堂かたつむり』や『あつあつを召し上がれ』を読んだあとは、ていねいにごはんを作りたくなってくるし、『ツバキ文具店』や続編『キラキラ共和国』では、しばし音信の途絶えている大切な人たちに手紙を書きたくなってくる。『蝶々喃々』では、時間をかけてお茶を淹れたり、暮らしまわりをすっきりしつらえたくなる。

 男の子はお皿を作ったり、かごを編んだり、女の子は、糸を紡いだり、刺繍やレースをしたり……12歳になると、生きていくために必要な暮らしの力を身につけるための試験があるルップマイゼ共和国に生まれたマリカの、つつましく温かな生涯を描いた『ミ・ト・ン』(白泉社)は、手仕事の喜び、そこに宿っていく精神が、ひとりの女性の成長からゆっくりと滲み出していく物語。

 マリカたちの受ける、その試験科目のなかには、ミトンをぬう、というものもある。冬のとても厳しいルップマイゼ共和国ではミトンなしには生きてゆけない。そして色鮮やかな、手にぴったりと合ったミトンをはめることは、この国の人たちの大きなよろこび。誕生してすぐ、そのちっちゃな手に合わせて、おばあさんがつくった、真っ赤なミトンをはめてもらったマリカは、家族の愛とおおらかな自然の恵みのなか、すくすくと育っていく。

 外で遊ぶことの大好きなマリカは、手仕事はてんで苦手。特にミトンをぬうことが。けれど同じダンスクラブの青年・ヤーニスに恋をし、16歳の夏至祭の夜、彼からプロポーズを受けたマリカは、熱心にミトンをつくり始めるようになる。なぜならルップマイゼ共和国には“イエス”の言葉が存在しないから。その答えは、とびきりむずかしい結婚式用のミトンを編むことでしか表せないから――。

 永遠の生命を意味する太陽の女神<サウレ>、豊かな実りや繁栄の象徴である豊穣神<ユミス>など、様々な神様を意味する文様や自然をモチーフにした柄の編みこまれた、三角の頭を持つミトン。それは、北欧・バルト三国のひとつ、ラトビア伝統のもの。

『月刊MOE』で連載されていた本作は、ともに物語世界をつくっている銅版画の作者、イラストレーターの平澤まりこさんと2人で、小川さんが旅をしたその国がモデルとなっている。深い森と湖に囲まれた美しいその国は、かつて大国の占領と迫害に遭ってきた哀しい歴史も持つ。

 暮らしの糧と楽しみを与えてくれる自然、勤勉で善良な人々が持つ美しい習慣や賢い知恵が、マリカの人生に様々な文様を描きながら編みこまれていく物語は、≪うまれた日の黒パン≫≪栄養満点!白樺ジュース≫≪どんぐりコーヒーを飲みながら≫……と、章ごとに、美味しい料理を冠にしながら、まるで音楽を聞いているような文章で綴られていく。材をとった国に生きた人々をなぞるように、マリカの出会う苦難、そしてそれらへの静かな抗議行動も、その旋律のひとつとして奏でられていく。

 人が長きにわたって暮らしていく日々には、素晴らしいことや良いことばかり起こるわけではない。けれど苦しいこと、悪いことばかりが起こるわけでもない。そんな当たり前な、けれどその普遍的なことに対するいくつもの気付きが、木の幹を流れる水のように、この物語には通っている。涙が流れ落ちることがあっても、日々の暮らしは滞りなく続いていく。そこで手を動かし、自分の働きを止めないことが、人に何を教えてくれるのか。それがマリカの長い人生には詰まっている。

 『食堂かたつむり』がベストセラーとなった年から、今年で10年目。小川糸さんが数々の小説やエッセイで、私たちに気付かせてきてくれたことが凝縮された、シンプルで愛しい物語は、読む人の人生をもまた編み込んでいってくれる。単行本化にあたり、平澤まりこさんが新たにモノクロームで版画を刷り直したという、こまやかな手仕事が息づく本作は、きっと長きにわたって繰り返しページを開きたくなる一冊になるだろう。

文=河村道子