まるで言葉の探偵? 国語辞典の編集委員が『俺の妹』『オレたちバブル入行組』に登場する言葉の意味を読み解く

文芸・カルチャー

2017/11/23

『小説の言葉尻をとらえてみた』(飯間浩明/光文社)

読者は小説を読むとき、小説のどこを楽しんでいるだろうか。ストーリー展開、心理・情景描写、描かれる世界観などなど、人それぞれだろう。なかでも『三省堂国語辞典』の編集委員を務める飯間浩明さんは、一風変わった楽しみ方をしている。作者が作中で使う言葉に注目しているのだ。作中の言葉尻をとらえ、その言葉の活用方法を楽しんでいる。

そもそも辞書の編集委員は辞書作りのため、活字メディア、放送メディア、インターネット、街中など、あらゆる場所に転がる言葉たちの活用方法を「用例採集」して吟味することが仕事でもある。したがって小説の言葉尻をとらえるのも、いわば職業病に近いところがあるようだ。

『小説の言葉尻をとらえてみた』(飯間浩明/光文社)では著名な15作品を取り上げ、編集委員の視点から一味違った小説の楽しみ方を提案している。読者にもそんな異色の小説探検を少しだけご紹介したい。

■『オレたちバブル入行組』で使われた「刹那」

2013年、大変話題になったドラマ『半沢直樹』。その原作となったのが『オレたちバブル入行組』だ。本作品の後半、ある人物が半沢直樹に土下座をするシーンがある。そのシーンの一文の「刹那」の使い方に飯間さんは注目した。

――刹那周囲が凍り付き、物音が消えた。

本来「刹那」は、「その」や「に」をつけて、「その刹那」「刹那に」というフレーズで使うのが一般的。しかしここでは「刹那」という名詞だけで「その刹那に」という副詞的な意味を表している。飯間さんはこの活用方法を「名詞の副詞用法」と名付けた。

『三省堂国語辞典』では、このような「刹那」の用法・用例は載っていない。飯間さんは「言葉の新しい使い方は国語辞典で説明しておくのが親切なので、辞書の改善すべき点を見つけた」と反省しつつ、現代語の新しい発見に半分嬉しそうな反応を見せた。

本書ではこういった言葉の新しく独特な活用法が登場する度、飯間さんがなんだか楽しそうで、つくづく著者は日本語が好きなんだなと感心してしまう。

■『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の「ぐちゃめちゃ」

ラノベ界の有名な作品『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』。オタクな小説を辞書の編集委員が読むとどんな反応をするのだろか。

飯間さんが気になったのは、例の趣味で桐乃が父親に怒られ家を飛び出し、スタバで京介になだめられるシーンに出てくる「ぐちゃめちゃ」。

――かわいい顔はぐちゃめちゃだ。

耳なじみのないこの言葉。当然飯間さんも初めてで、iPadの自家製データベースで検索するも該当なし。Twitterで検索すると、いくつかヒットするものの、Twitterという大規模な総体から考えると、ゼロに近い数字だった。これらより本作品の作者が自身で創作した言葉だろうと推察した飯間さんは、「ぐちゃめちゃ」の意味を考え始める。

「ぐちゃぐちゃ」という言葉は「水分過多」または「複雑」という意味を持つ。一方「めちゃめちゃ」は「無秩序」という意味を持つ。したがって「かわいい顔はぐちゃめちゃ」というのは、「かわいい顔は水分過多で無秩序」という表現だと考察。うーん……まるで「言葉の探偵」のようだ。

■『グラスホッパー』の「これはあれだ」

伊坂幸太郎の代表作の1つ『グラスホッパー』。ハードボイルド漂う本作品も、言葉を楽しむ飯間さんにかかれば、なんだかのんびりとした雰囲気が流れ出す。

妻の復讐をするはずが奇妙な事件に巻き込まれてしまった鈴木。2人の男に拷問される寸前、鈴木のもとに現れたのが蝉だった。そして蝉は言う。

「これはあれだろ、リンチだろ」

飯間さんは「これはあれだ」という蝉の言い回しに興味を持った。英語に訳せば「This is that」。アメリカ人も首をひねるこの表現は、日本独特の文法なのだ。日本語では述語を具体的に言う前に、まず「あれ」と漠然と指しておく語法がある。

「今日はあれだよ、振替休日だよ」
「君はあれだね、奥ゆかしいね」

こんな具合だ。「今日は振替休日だよ」「君は奥ゆかしいね」だけでいいはずだが、「あれだよ」(=通知)、「あれだね」(=確認)と、全体の文型をあらかじめ示しておくのだ。伊坂幸太郎作品では多数みられるが、他の小説ではあまり見ないこの語法。伊坂幸太郎作品の特徴が垣間見えた。

■おじさんおばさん世代が読むべき1冊

ここまで異色な小説探検をご紹介した。小説の魅力と日本語の奥深さを感じていただければ幸いだ。最後に本書よりこんな言葉をご紹介したい。

女子高生をはじめとする不可解な若者言葉を使う若者たちに、「最近の若者の言葉はぐちゃめちゃだ」と憤るオトナたちも多いだろう。しかし辞書の編集委員として名を馳せた金田一春彦はこんな言葉を遺している。

日本語は、これまでいつの世も乱れていた

言葉はその時代を生きる人々がどんどん進化させていく道具でもある。したがって日本語が乱れるのもある種必然。つまりあれだ、その変化についていけないのは恥ずかしいことなのだ。筆者がそう思い至った刹那、そのお手本のように言葉尻を楽しむ本書は、誰よりもおじさんおばさん世代が読むべき1冊のように感じた。

文=いのうえゆきひろ