戦争は「不治の病」。それでも平和を諦める必要はない理由

社会

2017/12/8

『国際政治 恐怖と希望(中公新書)』(高坂正堯/中央公論新社)

 近年、国際情勢はますます緊張感が増している。中東における混乱、ヨーロッパに広がる難民問題……日本の周辺だけ見ても、中国の覇権主義や北朝鮮の核ミサイル問題など、世の中の動きは目まぐるしく変化を続けている状況だ。そんな混乱をどのように解決するべきなのか、平和を実現する方法はどこにあるのか、多くの人々が自らの立場で考えている。だが、有史以来あまたの人々が希求してきた平和な世界は未だに訪れていない。その理由や原因を真剣に見つめることこそ、戦争と平和の現実を知る一歩となる。

『国際政治 恐怖と希望(中公新書)』(高坂正堯/中央公論新社)では、国際政治を「複雑怪奇なもの」だと語る。あまりにも多くの情報と思惑に支配されるため、その実態を完全に理解することは不可能なのだ。にもかかわらず、平和を望む人々の声は、常に問題を単純化しようとする。戦争が起こる原因を見つけ出し、それを取り除けば平和が訪れる……そうした考え方に著者は否定的だ。どれだけ現実が複雑怪奇であろうと、単純化された考え方に陥ることは危険である。同時に、複雑だからと向き合うことを諦めてはいけないとも述べている。

 本書では、国際政治を大きく3つの要素に切り分けて説明する。国家を「軍事力」と「経済」、そして「価値観」を持つ存在として規定し、それぞれの面から平和について考えていく。一つの要素だけを取り出して問題を考えるのは、著者が否定した単純化に繋がるが、面白いのはたとえ単純化したとしても、平和を実現するのは不可能か極めて困難であるという答えに至る点だ。

 たとえば、国家を「軍事力」の面から見た場合、かつてヨーロッパでは戦力の均衡が平和をもたらすと考えられてきた。歴史的にも、戦力あるいは勢力の均衡が、戦争を回避させた事例はある。だが、それを実現するにはあまりにも多くの条件が必要だ。まず自他の戦力を正しく把握し、周辺国との協力関係が整理されている必要がある。仮にこうした理想的な環境が揃っても、わずかな情勢の変化が均衡を崩す可能性は常に残り続ける。それは「平和のために軍事力を備える」という国家の考えを生み、軍拡競争が止まることはない。

 そこで近代においては、軍縮が声高に叫ばれている。軍備がなければ戦争は起こらないという論理は、一見すると正しいように思える。だが、実現は極めて難しい。仮に全ての国がお互いを信頼し、尊重するとした場合でも、多くの国家から反発を受けるからだ。それは現状を維持することを認めることに他ならない。今、有利な立場の国が、その立場を保持することを認めるのは、当の一国だけなのである。これが軍縮にとって、何よりも大きな障害になってきた。

 著者が訴えているのは、これらの状況は、決して人間が愚かだから起こっているわけではないという点である。むしろ、人には理性があるからこそ、平和は実現しないのだ。「いつか相手が攻めてくるかもしれない」という、未来を予想する能力を人間は持っている。だから、人類はいかなる均衡も本当に信頼することはできず、軍備を捨てることもできないのである。

 経済面でも思想面でも、単純化されたモデルを考えた場合でさえ、平和を実現する手段はない。その中で、著者が希望を見出すのが国際連合である。ただし、「平和を実現する国際組織」としてではなく、「戦争が起こっても話し合いを続けられる組織」としてだ。国際連合に戦争を止める決定的な力は存在しない。また、そうした軍事力を持たせるべきではないという。だが、国際連合があるからこそ、キューバ危機は回避され、スエズ危機も収束した。それは戦争の原因を「治療」するものではないが、戦争という「症状」を抑えることに成功した事例だと述べられている。

 戦争は「不治の病」であり、完治する可能性は極めて低い。だが、不治の病を前にして、医者が匙を投げるべきではない。慰めにしかならなくとも、病と向き合うことを続けるべきである。人類は戦争を完全に失くすことはできないが、失くすための努力を続けるべきだ。本書はそのための最初の一歩として、国際政治を見つめる目を与えてくれる一冊である。

文=方山敏彦