戦時中のビルマで惨殺された将校―犯人は村人か部下か? 戦争ミステリの傑作『いくさの底』

文芸・カルチャー

2017/12/17

『いくさの底』
(古処誠二/KADOKAWA)

そうです。賀川少尉を殺したのは私です。
もちろんあなたの倫理観においては許されることではないでしょう。ですが少しだけ立場を逆にして考えてみてください。二度と訪れない好機が巡ってきて、それでも行動を起こさずにいられるものでしょうか。

 戦争ミステリ『いくさの底』(古処誠二/KADOKAWA)は衝撃的なモノローグから幕を開ける。台詞の主が誰かは最後まで分からない。ただし、人間の倫理観を揺さぶる問いかけは、一筋縄ではいかない本作の展開を示唆している。読者は戦時中のビルマで起こる事件を通して、善悪について考えさせられるだろう。

 本作の舞台は第二次世界大戦中期、ビルマである。青年将校の賀川少尉が率いる一隊は山奥の村に警備兵として派遣された。当時のビルマは日本軍の戡定後であり、一隊は中国軍の脅威から村を守る役目があった。しかし、決して一隊は友好的に迎え入れられてはいないと通訳の依井は悟る。村長こそ「賀川チジマスター」とにこやかに呼びかけてきたものの、村人たちは重い雰囲気を漂わせていた。

 そして、すぐに事件は起こる。到着の翌朝、賀川少尉が厠で惨殺死体となって発見されたのだ。傷口から察するに凶器は「ダア」と呼ばれるビルマの伝統的な鉈である。しかし、村人はもちろん、日本兵すらダアを常備しているために犯人は特定できない。分かっているのは「迷いのない一刀」によって賀川少尉は瞬殺されたという事実だけだ。

 賀川少尉の死には謎が多い。犯行の機会はすべての日本兵、村人に開かれていた。しかし、日本兵はもちろん、警備をしてもらっている立場の村人にも隊長を殺す理由はない。果たして、村人になりすました中国兵の仕業なのだろうか? 仮にそうだとしても、言語の違う土地で村人に紛れ込むことは可能なのだろうか?

 また、見張りの目をかいくぐって厠で殺したということは、執念深く待ち伏せしていたとしか考えられない。賀川少尉はそれほどまでして殺さなければいけない悪人だったのだろうか? 少なくとも依井の前で賀川少尉は誰かから私怨を抱かれるような側面は見せていなかった。

 日本軍の威信が揺らぐのを恐れ、賀川少尉の死は伏せられて捜査は内密に行われる。一部の人間を除き、賀川少尉は「マラリアで治療中」だと嘘の情報が流される。しかし、村人も簡単にはだまされない。賀川少尉の行方をはぐらかそうとする日本軍への不信感はつのっていく。そして、やがて疑心暗鬼が爆発し、再び事件が起こる…。

 本書で重要なのは「理解を後回しにして認識に努める」という軍人の心得を説いた言葉だろう。このあたりは自衛隊出身の作者の実感も含まれているのかもしれない。依井や上官たちは不測の事態にも冷静に立ち向かい、徐々に犯人の正体を絞り込んでいく。

 しかし、「認識」はできても「許容」はできないのが戦争の現実だ。むしろ、事実を知ってしまったからこそ感情が揺さぶられ、客観性を保てない状況もありえる。「日本軍の威信」「軍人としてのあり方」を尊重し、保身に走る兵士たちの中で、民間人の依井は苦悩する。果たして、自分は「国」と「良心」のどちらを守るべきなのだろうか。そう、本作は単純な謎解き物語にとどまらず、戦争行為における人間心理をも浮き彫りにしていくのである。

 ちりばめられた違和感が徐々に解き明かされていき、真相が明らかになる終盤の展開は見事というほかない。そして、同時に依井の下す重大な決断にも注目してほしい。戦争はいくつもの名目を掲げ、人間の心をくらませる。本作は突発的な殺人事件をきっかけに、戦争がまとった大義名分が崩れていく様子をスリリングに描き出す。その過程で、「国家」の陰で抑圧されていた「個人」の思いを見つめ直そうとするのだ。

文=石塚就一