「勝ち組でいたい」と、もがいている人にこそ読んでほしい「救いようのない人たち」の話

文芸・カルチャー

2018/2/24

『通天閣』(西加奈子/ちくま文庫)

『通天閣』(西加奈子/ちくま文庫)の始まりは、何だか暗い。

 大阪ミナミのマンションに住む「俺」の生活は、わびしい中年男性の一人暮らしだ。家族も恋人もいない。散らかった部屋に、粗末な食生活。工場勤務。日々、百円均一で売っている商品の組み立てと梱包をして、「こんな人生なら死んだほうがましだ」と思うほど。

 もう一人の主人公である若い女性「私」も、暗い。

 同棲していた男性は夢を追いかけアメリカへ。一方的に遠距離恋愛をさせられている「私」は、彼に当てつけるように夜の仕事を始める。

 うざいパワハラオーナーと、「怨」という文字を背負っているかのようなオーラを出すママ。下ネタ大好きな女の子が勤める、場末のぼったくりスナックの黒服(男性の職業というイメージがあるが、女性もできるそう)。

 夜を一人で過ごすのが寂しかったのと、あとは「あなたがいなくなったせいで、私はお金に困り、こんな酷い生活をしているの。私を可哀想だと思うなら早く帰って来て!」という「訴え」として、「私」は「底辺」の職場で働き続ける。もはや自傷行為に近い。(結局、相手からはフラれる)。

 中年男性の「俺」も、若い女性の「私」も、誰もが憧れる生活ではない。むしろ、「救いようのない生活」をしている。なので、読み始めはちょっと、じめっとしているのだが、読者の気分を暗くさせることはなく、むしろ、読んでいる間いっぱい笑えることが不思議だった。

「俺」も「私」も「しょーもない生活」をしているはずだし、本人たちも幸福を感じているわけではない。なのに、読者はどこか「おかしさ」を感じながら、2人の人生を読み進めている。それどころか、最後の「大告白」のシーンは感動しつつも、笑ってしまった。昔テレビでやっていたV6のバラエティ番組『学校へ行こう!』では、学生が校舎の屋上から好きな子に告白をする、という企画があったと思うが、それのおっさん版というか、とにかくめちゃくちゃ笑えた。

 このラストの「大告白」では、全く接点がないと思われていた「俺」と「私」の思いがけない「関係」が明らかになり、2人は同じ時間、同じ場所で通天閣を見上げることになる。

 この辺りのストーリー展開も巧みで、まさかこう繋がってくると思っていなかったので、思わず「うわっ!(感銘)」となった。すごい。西加奈子さんのこういった技術がキラリと光る小説家としてのすさまじい「腕」を感じた。

 世の中には、「上昇志向」や「勝ち組」が絶対的な「正義」だと思い込んでいる人が多い。もちろん、「勝ち組」になれるのに越したことはないが、大半の人はその波に乗れず、「平凡」か「それ以下」の生活をしているはずなのだ。

 けれど、そんな生活を受け入れられず、もがいて苦しんでいる人にこそ、本作を読んでほしい。ホッと肩の力が抜けて、新たな価値観を見いだせるのではないだろうか。または、再び上を目指していくための、「ガソリン」のように感じるかもしれない。本作は「俺」や「私」の生活を肯定しているわけではなく、ただ、「現状」を受け入れることで、変化する「自意識」を感じてほしいのだと思う。

 勝ち組でなくてもいい。夢を追いかけてなくてもいい。キラキラした人生を送ってなくてもいい。それでも、その人の「人生」なのだ。努力し続けなくちゃ社会の落ちこぼれになっちゃう、みたいなことで不安になる私は、ちょっとホッとした。

文=雨野裾