【日本翻訳大賞受賞作】こんな面白い小説が隣国にあったなんて。今注目の韓国文学

文芸・カルチャー

公開日:2018/3/2

『カステラ』(パク・ミンギュ:著、ヒョン・ジェフン、斎藤真理子:訳/クレイン)

 随分前から文学好きを自称していた私だが、お恥ずかしいことに隣国の「韓国文学」は、ずっとノーマークだった。そんな中、突然出会った小説『カステラ』(パク・ミンギュ:著、ヒョン・ジェフン、斎藤真理子:訳/クレイン)に、私は稲妻のような衝撃を受け、そしてこれまで韓国文学に興味を持ってこなかったことを後悔した。私が本書を知ったのは、本書が読者からの篤い支持を受け第1回日本翻訳大賞を受賞したことによる。

 本書の帯には「なんか、村上春樹だってヴォネガットだってそれがどうしたって」と、何とも威勢の良い、期待の膨らむ一文が載せられているではないか。そして、肝心の小説も、帯の謳い文句に引けを取らない非常に素晴らしいものだった。本書は「カステラ」から始まる全11編の短編小説から成る。そのどれもが、有り体に言うと、「独特」。淡々と進む、天衣無縫な哲学的考察。ハードボイルドで、しかしほろりとさせてくる、そんな文体が癖になる。

 さて、本稿では、本書のタイトルにもなっている「カステラ」の1編に重きを置いて評していきたいと思う。

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この冷蔵庫は前世で、フーリガンだったのだろう。

 こんな一文で始まる「カステラ」。要するにこの話は、「冷蔵庫がうるさい」というものだ。冷蔵庫を鬱陶しがりながら、いつの間にか冷蔵庫に心を寄せていく。そんな一人暮らし男子大学生の主人公。その心境は徐々に異様なものになっていく。

冷蔵庫は一個の人格なのだ。

 冷蔵庫の歴史、冷蔵庫の仕組みを学んでいく内に、冷蔵庫に人格を見出してしまった主人公。そして、人格を持った冷蔵庫に“何を入れるか”と悩み始める。

それで、僕は大切なものや害悪を及ぼしうるもの―たとえ、それがアメリカとか象であろうとも―をとにかく冷蔵庫に入れてしまうことにした。

 そうして20世紀が終わりを迎え、21世紀の朝を青年は一人で迎える。

冷蔵庫が静かになっている。
(中略)
驚いたことに、中はがらんどうだった。
ただ、冷蔵庫のど真ん中に
白く清潔な一枚のお皿がきちんとおいてあった。
そしてその上に
一切れのカステラがあった。
(中略)
すべてを許せるような味だった。
温かくてやわらかいカステラを噛みながら
ふしぎにも僕は、
涙を、流した。

 騒音を立てる冷蔵庫に対する観察から始まる物語。大切なもの、害悪を及ぼすもの。その一切を冷蔵庫に詰め込んでいくという場面はまさに奇想天外の流れだが、最後の“カステラ”のシーンがこの物語の根底にある心情すべてを表しているような気がした。

 有象無象の中から、“冷蔵庫”という存在を見出した主人公。20世紀の終わりを舞台にしたこの小説には、絶妙なバランスの上に成り立つ面白さがある。

 本書を閉じて、ふと自分の部屋の冷蔵庫を開ける。缶酎ハイ3本と、チーズと、ちくわ。こんな使い方では、なんだか冷蔵庫に悪い気がしてきた。私はそのまま缶酎ハイを一本取り出し、ベランダで飲んだ。満月が輝いていた。冷蔵庫に、あいつを入れてみようか。などと思う読後であった。

 韓国文学初心者の私だが、完全に心を掴まれてしまった。どんな人でも抵抗なく読める1冊と言えるだろう。

文=K(稲)