戦後の闇市から日本一の“流通王”へ! カリスマ商売人の栄枯盛衰を描く『砂の王宮』

文芸・カルチャー

2018/4/6

『砂の王宮』(楡周平/集英社)

 楡周平『砂の王宮』(集英社)は戦後の闇市からのし上がって日本一の流通グループを築いた男の栄枯盛衰の一代記であり、敗戦後の混乱期から現代まで日本の小売市場の変遷を物語の軸にした経済小説だ。

 昭和22年。神戸・三宮の闇市で甘味料のズルチンとペニシリンを売りさばいていた塙太吉は、沖縄戦の生き残りで商社マン崩れの深町信介という男と出会い、彼のアイデアをもとに進駐軍から横流しされた薬品の販売網を日本全国の闇市に広げていく。やがて「太吉っつあん」「フカシン」と呼び合うようになったふたりは闇市から手を引き、“表”の商売でも薬品業界の取引慣習の隙を突いた価格破壊商法で大きな成功を収めるが、ともに新しい道を求めて袂を分かつことになる。塙が新たな商いとして目をつけたのは小売店の機能を一箇所に集約させた“スーパーマーケット”だった。現金による大量仕入れで法外な安売りを行う塙のスーパーマーケット“誠実屋”は、地元の商店街とぶつかりながらも消費者からの圧倒的な支持を受けることによって全国各地にチェーン展開を拡大。同業他社との競争が厳しくなれば、ある“からくり”を通じて牛肉の格安仕入れを実現して競合と差別化。誠実屋は日本一の巨大流通企業へと成長を遂げていく――。

 第一部で描かれるのは、商売にすべてを懸けて生きる男の鋭いアイデアと才覚、商機を逃さない決断と実行力、熱い野心に思わず圧倒される、エネルギッシュな立志伝だ。“流通王”と呼ばれたダイエー創業者、故・中内功氏をモデルにしたと思われる戦後の混沌から高度経済成長期を背景にした事業拡大の道筋もリアルで、その時代ならではの生々しく臨場感のある空気を感じさせるものになっている。そして、第二部では巨大流通チェーンの頂点を極め、カリスマとして君臨する塙太吉の苦悩が、現代の日本社会が抱える大きな問題と絡めて描かれていく。少子高齢化によって誠実屋の大量流通・大量消費のビジネスモデルがやがて立ち行かなくなることが明白となり、塙はリニアモーターカー開業と外国人観光客の誘致を見据えて、山梨県O町に誠実屋最大規模の複合型商業施設の建設を計画。このプロジェクトを実業家人生の集大成としていたが、自らの後継者となるはずだった息子は経営者としての資質と能力に欠け、現地では反対運動によって誠実屋進出を阻む条例の成立が迫っていた。さらに、41年前の東京進出に際して巻き込まれた“ある殺人事件”もまた、塙の心にわずかな暗い影を落としていて――。

 一代で成功を収めた男の最晩年の物語はプロローグに描かれた“深町の死”と塙の血筋の秘密が絡み合うサスペンスフルな展開を見せていく。さらに、エピローグで描かれる地方社会の閉塞した状況を打開する“流通改革案”のリアルさと予見性も大きな読みどころのひとつだろう。混沌と競争を生き抜いた商売人の生き様と現実の流通業界を巧みにリンクさせ、未来への活路をも暗示するスケールの大きなエンターテインメント作品だ。

文=橋富雅彦