少女が迷い込んだ「三月の国」で起こる殺人事件――恩田陸『麦の海に沈む果実』

文芸・カルチャー

2018/10/16

『麦の海に沈む果実』(恩田陸/講談社)

『麦の海に沈む果実』(恩田陸/講談社)は、不思議な世界観に夢中になる読者が多く、長きにわたって読み継がれている名作の一つである。

 恩田陸作品には『夜のピクニック』『六番目の小夜子』や『ネバーランド』など「学園モノ」が多い。その中でも、ファンタジックな要素を含んでおり、他とは少々色合いの異なるのが本作だ。

 ジャンルを一言で説明するのが難しいのも、特徴だ。ホラー要素もあり、殺人事件が起こるのでミステリーでもある。また、見方によっては青春モノかもしれないし、恋愛要素もある。

 舞台は北海道のようだが、どこかこの世には存在しない異国の地の、異国の学園生活を描いているようにも思える。作中にも名前が登場する『鏡の国のアリス』のような、一種独特の世界観を持っているのだ。

 とある全寮制の学園に転入して来た美しき少女・理瀬(りせ)。湿原の中にあり、外界とは隔絶されたその学園には、独自のルールが多く存在し、様々な「いわく」を持つ特別な子どもたちが過ごしていた。

 学園には、「三月以外の転入生は破滅をもたらす」というウワサがあり、2月最後の日にやって来た理瀬は、生徒たちの注目の的となっていた。臆病で自信のない理瀬は、そんな周囲の視線に耐えながら、「自分がなぜ、このおかしな学園に入れられたのか」分からないまま、牢獄のような学校で日々を過ごす。気丈で頼もしいルームメイトや、ほのかに恋心を抱く同級生、その他個性あふれる仲間たちと出会い、理瀬は不安定な心を抱えながらも、生徒の失踪事件や、不可思議な殺人事件の謎を追うが……。

 この学園には「不思議」と「秘密」がいっぱい。

 一方で理瀬にも、誰にも言えない秘密があって――。

 恩田陸の作品は、つかみどころのない恐怖や、どことない不安感が漂うものが多い。私は特に強く、そういった「怖さ」や「不安感」を本作で感じた。

 もちろん悪霊も出てこないし、凶悪殺人犯も存在しない。なのに、怖い。学園のある湿原は、すべてを飲み込んでしまい、一歩足を踏み入れたら二度と這い上がってこられないという。それが妙に怖いのである。

 次々に起こる事件の中で、読者が一瞬でも油断したり、信じる相手を間違えたりすれば、すぐさま湿原の中へ突き落され、ゲームオーバーになってしまうような、そういった感覚に陥るのだ。

「これは、私が古い革のトランクを取り戻すまでの物語である」

 冒頭、理瀬は学園に向かう途中、「古い革のトランク」を盗まれてしまうのだが、このセリフは「その物」だけを意味するわけではない。真実を知った時、アッと驚いて、あなたは本を閉じた後も、不思議な世界――「三月の国」から抜け出せなくなっているのではないだろうか。

文=雨野裾