「不幸な恋ばかり…」と悩んだときに思い出したい、幸せな恋愛に必要不可欠な3つのこと

恋愛・結婚

2018/4/28

『愛とためらいの哲学』(岸見一郎/PHP研究所)

 恋愛と言えば、多くの人にとって幸せになるための道のりに数えられるものだろう。誰かが誰かを選び、選ばれ、共に人生を歩んでいく。素晴らしいことだ。しかし一方で、恋愛が幸せへの道のりではなく不幸への道のりになることも確かにある。そして、幸せな恋愛をする人と不幸な恋愛をしてしまう人はなぜかはっきり分かれていることが多い。一体どうして、後者のような人の恋愛は幸せをもたらさないのか? そんな疑問を追求したのが『愛とためらいの哲学』(岸見一郎/PHP研究所)である。

 本書では、愛とは技術である、と言われている。たとえ良い相手と巡り合っても、関係を維持・発展させる努力をし続けなければいずれどこかで破綻してしまう。場合によっては、愛は確かにあるのに、喧嘩が絶えず、時に憎しみさえ抱いてしまうことにもなる。そんな恋愛は誰も幸せにしない。まさに不幸な恋愛だ。恋愛を幸せにつなげるための技術の基本は、きちんと言葉にすること・対等な関係を築くこと・相手に関心を持つこと、の3つだ。

 まず、きちんと言葉にすることについてだが、よく漫画などの告白シーンで「あなたが好きです」と伝える場面がある。しかし、本書曰くこれではきちんと言葉になってはいないという。なぜなら「あなたが好きです」だけでは「そうですか」で終わってしまうからだ。相手に何をしてほしいのか、何を望んでいるのかが全く言葉になっていない。「それくらい言わなくてもわかるはず」と思うだろうか? しかし、自分が言葉で伝えるのではなく相手に察してもらうことを求めている時点で、それはもう言葉で伝える努力を放棄しているも同然なのだ。そのため、この場合は「付き合ってください」または「私のことを好きになってくれませんか?」などがベターだろう。これなら「はい」か「いいえ」で答えることができる。

 そもそも恋愛関係の始まりにいわゆる愛の告白が必要不可欠とも限らない。創作物などの影響でそういうイメージを強く持っている人もいるかもしれないが、恋愛も人間関係の一種として考えるなら、もっとも重要なのは「相手に何を望んでいるのかを伝えること」だ。例えば友人同士の場合であれば、いちいち相手の気持ちを確かめることはあまりしないのではないだろうか。まずは、どんなことであれ相手に察してもらうことを求めるのはやめてみることだ。どうしても微妙なニュアンスになってしまう時は「伝わればラッキー」くらいに思っておく方が良いだろう。

 次に、対等な関係を築くということについてだ。こちらも先程同様「当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。しかし、これも「自分が上で相手が下」といった具合に無意識の見下しが隠れている場合がある。例を挙げてみると、長く付き合ってきた恋人同士などならば「愛されていて当然」という気持ちが出てくることがある。しかしこれは、相手の気持ちが変わるわけがないと思い込んでいるという意味で相手を見下しているともとれる。人間の気持ちは日々変化するものだ。いつまでも同じ状態で居てくれると思い、あまつさえそう思い込むあまり関係持続の努力を怠ることは、相手の気持ちを軽んじ、また見下していることになってしまう。もしも2人の関係が破綻しそうになったら、本当に対等な関係が築けているのか、2人のどちらか(あるいは両方)が相手を下に見ていないかを今一度確かめる必要があるかもしれない。

 最後に、相手に関心を持つということについてだ。ここで大事なのは、それが本当に相手への関心なのか、それに見せかけた自分への関心ではないのかを見極めることだ。その相手と居ることで自分に何か利益があると思っているなら、それは相手への関心ではなく自分への関心である。例えば「この人と居ると幸せになれる」という気持ちの場合も、それは相手を通して自分の状態を見ていることになるわけで、これも自分への関心に含まれるだろう。そのため、ここで目指したいのは「相手の関心に関心を持つ」ということだ。「相手の好きなものを知りたい」などがこれに当てはまる。こういった関心の持ち方なら、自分のことはひとまず横に置いて相手のことだけを考えられるからだ。いずれにせよ、幸せな恋愛に必要不可欠なのは何よりも独りよがりにならないことである。もしも「恋愛がうまくいかない」と悩むことがあれば、自己中心的に相手にばかり求めていないかを確認してみると良いだろう。

文=柚兎