職業「犬の殺処分」―現場を変えるために犬房で働く女子たちの奮闘と現実

暮らし

公開日:2018/4/29

『犬房女子: 犬猫殺処分施設で働くということ』(藤崎童士/大月書店)

 2016年、国内における犬猫の飼育数は2000万匹にものぼるという(環境省調べ)。同年、殺処分を受けたのは5万5998匹。年々、減少傾向にあるとはいえ莫大な数字であるのは変わらない。そして、そのほとんどが飼い主の身勝手な事情によって捨てられたり、保健所などに持ち込まれたりしたペットなのである。

 飼い主たちへの教育はもちろん、ペットたちの生命を守るための取り組みも十分に機能しているとはいいがたいのが日本の現状だ。しかし、それでもどうにかして行政を変えようと努力を続ける人々がいる。『犬房女子: 犬猫殺処分施設で働くということ』(藤崎童士/大月書店)は熊本県の動物管理センターで働いていた2人の女性の姿を記録したノンフィクションである。我々ひとりひとりは無力かもしれない。しかし、どんな大きな変革も、最初に第一歩を踏み出した人がいたからこそ、実現したのは事実なのだ。

 熊本県には「熊本県動物管理センター」と「熊本市動物愛護センター」という2つの行政施設がある。いずれも、飼い主が手放した犬猫を預かり、時期か来れば殺処分する施設であるのは同じだ。しかし、実状は全く異なる。愛護センターは、「殺処分ゼロ」を理想として活動している。自分勝手な飼い主がペットを引き渡そうとしても、断固として応じない。どうしても引き取らなければいけないときは「二度とペットは飼わないでください」と誓約させることすらある。引き取った犬猫は譲渡対象にするか、矯正訓練が必要かを慎重に判断され、一般家庭で飼えるのであれば処分を免れる。

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 本書の主要人物、須藤和美と小嶋玲も最初は愛護センターで働き始めた。しかし、動物への愛情が強い和美はやがて管理センターの状況を変えたいと強く願うようになる。そして2013年5月、友人の玲を誘って管理センターへと転職したのだった。管理センターは愛護センターとは真逆の運営体制を敷いており、犬猫の譲渡はほとんど検討されない。「犬房」に入れられたら最後、犬猫は殺処分までの時間を待つだけである。しかも、麻酔注射による安楽死を徹底していた愛護センターと違い、管理センターではガスによる殺処分が横行していた。

 処分される犬たちは鉄扉に押しやられ、処分機へと入れられていく。大人の猫はカゴに、子猫は麻布にまとめて詰められ、やはり処分機へ。そして、長くて5分もの間、二酸化炭素ガスを浴びせられ、暴れ、苦しみ抜いて死んでいく。その光景は「安楽死」とは絶対に呼べないものだ。しかも、多いときで週3回、機械的に殺処分は行われる。人間になついていて、問題なく譲渡可能な犬猫すら残酷に殺されていく。

 管理センターの殺処分を目の当たりした和美と玲は、悲しみを力に変えて立ち上がる。和美はこう口にした。

この仕事に就いている以上、現実から目をそらしちゃいけないって私決めたの。こんな苦しい思いをしながら死んでいくあの子たちがみんな天国に行けるようにって最後まで見届けて、自分の心に焼きつける。そう決めたの

 2人は犬房の犬猫たちに愛情を注ぎ、譲渡活動に力を入れるよう上司にかけ合う。しかし、待っていたのは事なかれ主義の同僚たちから向けられる冷たい視線だった。それでも、ときにボランティアの協力を得ながら、少しずつ2人は管理センターの体質を変えていく。一度人間の温もりを知った犬猫たちは、犬房の中でも和美や玲にじゃれてくる。中には、無邪気に飼い主が迎えに来るのを待っている犬猫もいるのだろう。ときに、一職員としての越権行為を犯しながらも、2人は動物たちを救おうと必死に戦い続ける。

 2016年4月、熊本地震の裏側で起こった事件についても本書は言及している。また、ペットショップの裏事情、熊本県の殺処分への言及などにも厳しい目を向ける。いずれも、人間の都合で罪のない犬猫たちの生命が奪われている事実は変わらない。和美や玲の生き方は、現状に怒りながらも何をしていいか分からない人々に、道を指し示してくれるのだ。

文=石塚就一