これは復讐なのか? 20年間音信不通だった元夫から、突如届いた残虐な小説――現実が曖昧になり悲劇が…。

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2018/5/11

『ノクターナル・アニマルズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)』(オースティン・ライト:著、吉野美恵子:訳/早川書房)

 ある日突然、20年間音信不通だった元夫から、「読んでほしい」と分厚い原稿の束が送られてくる。それは小説家志望だった元夫が書いたという小説。なぜ今頃? なぜ私に? その真意を計りかね、平穏だったはずの元妻の日常は次第に不確かなものになっていく…張り詰めた心理描写に冒頭から引き込まれる『ノクターナル・アニマルズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)』(オースティン・ライト:著、吉野美恵子:訳/早川書房)は、2017年秋に公開されたファッション界の鬼才トム・フォードが監督をつとめた同名映画の原作だ。

 タイトルの『ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)』とは、元妻・スーザンのもとに送られてきた元夫・エドワードが書いたミステリ小説につけられたタイトル(注:原書タイトルは『TONY AND SUSAN』。邦題は初出時の『ミステリ原稿』より改題)にちなむ。バカンスを夏のコテージで過ごすためのドライブ中、ならず者にちょっかいを出された大学教授のトニーが、なすすべもなく妻と娘を奪われ惨殺されるという悲劇から始まるこの小説は、己の弱さや自尊心、恐怖心から悲劇を直視できないでいる知識人・トニーの葛藤と復讐をスリリングに描くというもの。本作ではそのエドワードの描いた26章にわたる『夜の獣たち』の物語が作中作として展開し、著者の気持ちを訝しがりながら時にその才能に感嘆しながら、小説を読み進めていくスーザンの心理と入れ子状態となる。

 作中作という手法自体は珍しいことではないが、凶悪な事件を捉えあぐねて苦しむ作中作の主人公・トニーの姿にスーザンはエドワードを重ね合わせ、さらに私たち読み手にはエドワードの真意を捉えあぐねて不安に陥るスーザンの姿とトニーが二重映しになるという仕掛けがお見事。エドワードの小説はスーザンにとっては「元夫からの挑戦状」的な特殊なものでもあり、深読みするのはやむなしだが、トニーの不安定さの中に自分が知るエドワードの姿を認め、エドワードとの苦い思い出、さらにエドワードを捨てて一緒になったはずの現夫への不満など、連鎖的にイヤ~なことを思い出すオンナ心の描写も実にリアルだ。事実そのマイナスのループが作中作の不穏さを際立たせ、さらに私たちの感情まで揺さぶってくる。

 作者のオースティン・ライトは1922年、ニューヨーク州生まれ。シンシナティ大学英文学名誉教授の傍ら作家としても活躍したが、日本で紹介されているのは本書のみとのこと。とりわけ1993年発表の本書はその巧みな心理描写で各書評誌から絶賛されたというが納得だ。

 なお、トム・フォード監督作品である映画版はヴェネチア映画祭で審査員グランプリも獲得した話題作だが、設定が大胆に脚色されているのにも注目したい。小説では平凡な主婦だったスーザンは現代美術のアートギャラリーのオーナーとなり、子供たちが騒ぐ生活感に溢れた家は、人の気配のしない美術館のような豪邸の設定に。物語の軸はそのままだが、トム・フォードの徹底的な美意識につらぬかれた世界はそれだけで緊張感が高く、物語の持つ「不穏さ」をさらに増大させていく。このほどDVDが5月9日に発売されたので、原作とあわせて楽しんでみてほしい。

文=荒井理恵

■商品情報
『ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち ブルーレイ+DVDセット』
2018年05月09日 サスペンス(3,990円+税)

『ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち』公式サイト