日本は世界最大の消費国だった! 「BGM」に隠された意外な歴史が明らかに

エンタメ

2018/5/27

『エレベーター・ミュージック・イン・ジャパン 日本のBGMの歴史』(田中雄二/DU BOOKS)

 酔っぱらってからの帰宅途中に立ち寄った近所のコンビニで、夜食を選んでいたときのことだ。

 深夜番をしている中国人とおぼしき店員さん、ちょくちょく見かける顔なじみのお客さん、そしてキラキラと明るい店内。眼の前には、いつもと変わらぬコンビニの風景が広がっているはずなのに…「でも、何かが違う」。なんとも言えない“違和感”の正体を酔った頭で考えていると、突然、一瞬にして“違和感”が消え去り、いつものコンビニ空間が蘇った。

 理由は不明だが、私が入店してからしばらくの間、店内のBGM放送が休止されていたのである。

 コンビニ、ファミレス、喫茶店、スーパー、デパート、空港、ホテルのロビーなど。よくよく考えてみれば、我々の暮らしの大部分は「BGM」と共にある。あまりに当たり前すぎるので、“よくよく考えて”みないと、その存在を忘れてしまうほどだ。しかし、こうしたBGMが、それこそ当たり前のように日本人の暮らしを包み込むようになったのは、意外と最近のことだという。そして、これも当然といえば当然なのだが、暮らしを包み込むBGMは、どれも無意味に流されているものではない。そんな「BGM」に関する歴史をまとめたのが本書『エレベーター・ミュージック・イン・ジャパン 日本のBGMの歴史』(田中雄二/DU BOOKS)だ。

■生産性向上、消費促進のために「開発」された20世紀の機能音楽

 そもそも「BGM」とは何か? “バックグラウンド・ミュージック”という名の通り、(空間の)背景に流れている音楽全般のこと…という程度が、一般的な認識だろう。しかし、この認識はあくまでも“聴く側”の視点に立ったものだということを、忘れてはいけない。“聴かせる側”にとっての「BGM」とは、明確な意図をもって制作、または選曲された一種のツールなのである。

 さかのぼれば紀元前の昔から、音楽が人間に与える心理効果は知られていたそうだが、より積極的に、その効果を活用するようになったのは、20世紀に入ってから。テンポ、曲調から音量や音質、そして楽曲の組みあわせに加え放送のタイミングまで。科学的な研究成果にもとづき、主に労働者の生産性向上やカスタマーの消費意欲促進などを目的とした、専門業者による音楽“配給”サービスが各国で始まり、瞬く間に一大産業を築くことになる。

 日本でも1932年には、すでに工場で音楽を流す実験が行われていたが、本格的な産業となるのは戦後しばらく経ってからのこと。各地の工場やオフィスで流されるBGMが、高度経済成長に大きくかかわっていたというからおもしろい。ちなみに「BGM」という言葉が使われるようになったのも、この時代。実は「BGM」とは日本独自の用語なのだ。海外では「ミューザック」や「エレベーター・ミュージック」と呼ばれるのが一般的なんだとか。

■音楽ファンから熱く注目される「BGM」の奥深き魅力も詳しく解説

 本書によれば、BGMの効能は大きくわけて「生産性向上」、「消費促進」、そして音楽をインテリアのように利用する「アメニティ」の3つ。海外では生産性向上の効果が主に注目されたが、日本では、早い段階から生産性向上よりも、消費促進やアメニティの効果が重要視されるようになったという。コンビニやデパートで流れているような、我々がよく知るBGMは、いうまでもなく消費促進とアメニティの効果を目指したものだ。

 たとえば某チェーンでは80年代ポップスのインストナンバーが中心だが、別のチェーンでは最新J-POPが多めといったように、コンビニのBGMも単に消費促進だけではなく、ターゲットやブランディングなど、さまざまな意図により独自の選曲を行っていることに、なんとなく気づいている人は多いと思う。最近では大手スーパーの西友が、ピーター・バラカン氏らに店内BGMの選曲を依頼し、大きな話題を呼んだという。こうした日本におけるBGMの発展史や具体的な事例も、本書を読めば詳しく知ることができる。

 また、本来意図する音楽的機能の実現だけでなく、著作権や演奏家組合との関係により止むなく“オリジナル”のBGM用楽曲が多数制作された結果、それが後にひとつのジャンルとして確立し、マニアの注目を集めるようになったという、もうひとつの「BGM史」の解説も、音楽好きにとっては非常に興味深いはず。そうしたBGM楽曲の詳細すぎるディスクガイドまで付録となっているのは、遊び心あふれる表紙デザインもそうだが、伝説的名著『電子音楽 in Japan』を手掛けた田中雄二氏の面目躍如だろう。

 なぜかファミレスでしか聴くことのない“あの曲”や、聴くだけでシーンが彷彿する、バラエティー番組で定番となっている“例の曲”の「正体」を知りたい人にとっても、待望の1冊。“よくよく考えて”みないと、その存在を忘れてしまうほどBGMに取り囲まれているのって、実は日本だけだったのか!という発見も含め、思いがけない角度から知的好奇心をくすぐられたい人には、ぜひ一読をオススメしたい。

文=石井ヒロミツ