男は「豆腐の角に頭をぶつけて死んだ」のか…? 世にも奇妙な事件の真相は――

文芸・カルチャー

2018/5/26

『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』(実業之日本社)

 ミステリ小説とは不思議なもので、謎が提示された瞬間の読者は興奮を抑えられなくなるのに、いざ謎解きが終わってしまうと「こんなものか」と肩透かしをくらってしまいがちだ。場合によっては「馬鹿にされた」ような感覚におちいる人もいるだろう。そもそも、「消える凶器」や「密室」など、ミステリの定番トリックは現実に行う必然性がほとんどない。身も蓋もない話ではあるが、ミステリとはどこまでも「作り物の世界」を楽しむジャンルなのである。

 どうせ作り物なら、突拍子もないほうがいい―。倉知淳のミステリからは、そんな信念が聞こえてくるようだ。第1回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞の『壷中の天国』をはじめ、倉知の作品は常にユーモアと実験精神にあふれている。最新短編集『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』(実業之日本社)にはオリジナリティが凝縮された6編が収められており、倉知ワールドを存分に楽しめるはずだ。

 表題作は、太平洋戦争後期の日本が舞台。帝国陸軍は戦局の切り札として「空間転位式爆撃装置」の開発に力を注いでいた。しかし、開発責任者の正木博士は偏屈な性格で、研究室に送り込まれた新兵たちにもつらく当たり続ける。影浦という二等兵は正木から「豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ」とまでなじられていた。しかし、実際に影浦は研究室で死体となって発見される。頭部には鈍器で殴られたとしか思えない致命傷があり、周囲には豆腐の破片が散らばっていた。本当に影浦は「豆腐の角に頭をぶつけて死んで」しまったのか?

「薬味と甘味の殺人現場」も、やはり奇妙な死体に関するミステリである。一人暮らしの若い女性が殺され、警察が動き出す。捜査は順調に進み、どうやら犯人は被害者にストーカー行為を働いていた男だと目星がついた。逮捕を目前にして、それでも刑事たちにはどうしても分からない謎が残される。死体の口には長ネギが突き立てられており、近くには3つのケーキが並んで置かれていた。死因は素手による扼殺(やくさつ)であり、ネギもケーキも殺害方法には何の関係もなさそうである。何のために犯人は、現場に無駄としか思えない細工を施したのか、刑事たちは推理を働かせる。

 ミステリ小説の大半が、「犯人探し」や「トリック解明」などに重きを置き、読者を楽しませてきた。しかし、本作収録の短編たちはいずれも、事件の設定からしてユニークだ。ミステリを読み慣れた人は、解決篇に辿り着いても「はいはい、そのパターンね」と意外性を感じなくなっていく。そんな目の肥えたミステリファンでも、倉知の仕掛けるギミックからは目が離せないだろう。また、今までミステリに接してこなかった読者も、ブラックユーモアの一種として読み進んでいけるはずだ。

 ミステリ以外のジャンルに挑戦した短編もおすすめである。「社内偏愛」はマザー・コンピュータ(マザ・コン)が会社の人事評価を担うようになった近未来の物語だ。人工知能に柔軟さを加えるため、あえてプログラムに「揺らぎ」を加えた結果、マザ・コンはごく稀にたった1人の社員をえこひいきするようになってしまう。某企業でマザ・コンに愛されてしまった若手社員、寺島に上司は媚びを売り、同期は遠巻きに接する。やがて、マザ・コンは寺島のために暴走を始める。

 倉知作品の魅力を一言で表すなら、「ひねくれ具合」となるだろう。他の作家が掘り下げないような細かい部分に倉知は興味を持ち、物語にまで仕立ててしまう。単なるパロディやギャグかと思いきや、終盤で思わぬ展開を用意して読者をゾッとさせる。一見邪道のようにも解釈できる倉知作品は、本質的に「ミステリの可能性」を究極に追求しているといえるのではないだろうか。なお、本作には倉知のライフワークとなりつつある「猫丸先輩シリーズ」も収録されている。

文=石塚就一