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小説・エッセイ

2012/3/9

わが母の記 花の下・月の光・雪の面

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:井上靖 価格:810円

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『おろしや国酔夢譚』の熱烈なファンの私ですが、『敦煌』や『天平の甍』、晩年に近い『本覚坊遺文』もおもしろかったなぁ!! 昭和の文豪の作品は文字を眺めただけでありがたいというような崇高さがあったように思います。ことに井上靖級のものは、正座して読む。教えていただく。という姿勢でつねづね構えてきました。

「文芸」と呼ぶにふさわしい芸術作品の数々に、実際、井上靖氏に関しては作家のプライベートというのにほとんど興味を持ったことがありませんでした。着物を着て1日書斎に篭り、お女中さんが細々しく働き、出版社や文化人の来客が多く、というようなイメージがやっと。この「わが母の記」はよい意味で、井上靖像を裏切ってくれた作品。そうか、大作家も普通の人間なんだもの。大作家にも家族が居て、時間は公平に過ぎてゆくんだ、となにか安堵を覚え、急激に文豪にも親近感を覚えます。

ですが、恐らく一般人と違うのが、氏の筆にかかると老化現象の激しくなってきた高齢の母親でもやはり高尚な考察の対象に。井上家の母親に対する愛情というのは昭和の家族の中では普通だったのかもしれませんが、兄弟が揃って相談し、兄弟で助け合って面倒を見。この手厚さも特筆に値するかと。子供たちや孫に囲まれながら、それでも段々と「消しゴムで歩んできたその長い線をその一端から消してゆくように消して行った」記憶。母の療養にいいだろうと伊豆へ、軽井沢へつれて行く優しさ。井上家のように、物質的にも空間的にも人員的にも恵まれた介護ができた家でさえ、年老いた母の孤独は消えません。年を取るほど、年少に戻ってゆく母。これまでにいくつもの母の記が記され、いくつもの死への用意を促す作品が描かれ、どう死ぬか、いかに生きるか、私たちは日常あちこちでこの大命題をつきつけられているように思うのですが、そのすべてが個人的なようで、でもすべてが普遍的、という印象をこの本を読んで実感しました。

大先生のお宅でも、うちやあそこのうちと同じことが起こってる。どんな赤ちゃんが生まれるのか、まったく見当がつかないのと同様、「親」もどんな老後を辿るのか、実はまったくわかりません。そして、改めて、自分自身の年老いた姿もまったくわからないことにも気づかされ。あぁ。

せめても、この作品のように、「忘却」や「固執する記憶」を一段階昇華させて考えられたら、それぐらいの「脳力」を最後まで持っていたいものだと、思いました。やっぱり読後は背筋が伸びます。映画化される本書、母役は樹木希林。予告編を観て、おぉぉ、原田監督はそう「読んだ」のかと。ちっと涙も出ちゃいました。予告編だけなのに。本書を読んでからの映画鑑賞を強くおすすめします。


講談社電子文庫の読みやすさはぴかイチです。電子書籍にまだ抵抗がある人にすすめたい

こうした逡巡、「哀れ」という感覚。文豪ならではの昇華

「消しゴムで~」のくだり、泣けます