「不倫がやめられない」「友人から下に見られる」…その悩み、“哲学者”が答えを出していた!

暮らし

2018/6/11

『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』(小林昌平/文響社)

 試験のときに正解に悩み、他人の答えをカンニングしたいと思った人は正直に心の中で手を挙げてほしい。私もそうだったし、それこそ人生においては答えが先に分かっていれば、こんなに悩まなくて済むのにと考えたことは一度や二度ではない。「馬鹿の考え休むに似たり」という言葉があるくらいで、自問自答するより参考書の解答欄から見たほうが効率的な気がする私が見つけた一冊が、この『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』(小林昌平/文響社)である。

 本書のはじめには、紀元前1750年頃のメソポタミアで書かれた粘土板が紹介されていた。最古の文字とされる楔形文字が刻まれた粘土板は一見すると、神や宇宙の真理といったことが刻まれているようにも思える。しかし、そこに書かれている内容は詐欺に遭った被害者や、店員の対応に腹を立てた客の愚痴なのだとか。他にも、約3800年前のエジプトで紙の原型となる「パピルス」に書かれていたのは、口うるさい上司と仕事をサボる部下に挟まれた中間管理職の悩みだったそうだ。人類の遺産と呼ぶには、現代人との違いが微塵も感じられない。だからこそ、先人たちが出した答えは現代でも通用するのだろう。

 私の悩みの一つに、「やりたいことはあるが、行動に移す勇気がない」というのがあり、本書ではルネ・デカルトの『方法序説』から「困難を分割せよ」という答えを提示していた。大きな目標を持ったところで、目に見える成果が上がらなければ途中で挫折するか、失敗を恐れて重い腰を上げられないまま何も始められないなんてことさえあるのが悩み多き人間というもの。そこで「10年レベル、数年レベル、1年レベル、月レベル、毎日の生活(日課)」のように、「やりたいことを分割して小さな目標(サブゴール)にする」のを勧めている。そうやってサブゴールをクリアしていけば達成感が快楽となり、また次の小さなゴールにいこうという推進力が生まれるという次第。

 この分割という考え方は他にも応用できるようで、「友人から下に見られる」といった対人関係の悩みでは、アルフレッド・アドラーの心理学の真骨頂といえる「自分の課題を他者の課題と分離せよ」を答えにしていた。これは、「いじめられている」問題を抱えている人にこそ必要な考え方で、努力が必要な事柄は「自分の課題」だとしても、相手が自分を見下すのは「他人の課題」なのだから、それを背負い込む必要は無い。それはつまり、「どうにもできないことはどうにかしようとしない」ということ。いじめに遭い追い詰められてしまったときには、「思い切って逃げてしまったほうがよい」と著者も付け加えている。

 面白いのが「不倫がやめられない」悩みの項目で、そこでは二つの答えが示されていた。生活の時間が正確なため近所の人が彼の行動を時計代わりにしていたと伝えられるイマヌエル・カントと、浄土真宗の宗祖でありながら禁忌とされていた肉食や妻帯をして俗世に浸かりながら仏道を歩んだ親鸞のものだ。カントは自身にプライドを持ち理性で抑えることを説き、親鸞は己の罪深さと無力を悟って生きることを説いており、人間の悩みにたった一つの答えなど無いことを示唆しているかのよう。

 それこそ先に挙げたデカルトは、「我思う、ゆえに我あり」が有名ではあるけれど、著者はこの言葉は「この世の全てについて疑って、疑いぬいたあげく、最後の最後に出てきたものである」と解説していた。そういえば、この原稿を書く前に「馬鹿の考え休むに似たり」を調べてみたら、もともとは「下手の考え休むに似たり」から派生したもので、そうなると意味するところも変わってくる。カンニングして答えだけを知ったところで、自分の頭で考えなければ間違いに気づかず、身にもつかないということか。やはり、生きるというのは悩ましい。

文=清水銀嶺