現代の肉ブームの発端? イギリスで起こった“肉バブル”を追う!

社会

2018/6/19

『イギリス肉食革命 胃袋から生まれた近代』(越智敏之/平凡社)

 肉食。魅力的な言葉だ。肉という言葉そのものにご馳走感がある。そして何となくではあるが、欧米系由来のイメージがある。日本で肉食が広く普及したのは、明治維新がきっかけと言われている。

 その肉食は、欧米でどのように広まったのだろうか。『イギリス肉食革命 胃袋から生まれた近代』(越智敏之/平凡社)は、肉食普及の歴史について、主に羊や牛の品種改良に焦点を当てて書かれた1冊だ。イギリスに行ったことがある人は、イギリス人がよく肉を食べるという印象を持つことが多いだろう。名物がローストビーフというお国柄だ。本書では、16世紀に起こった食事情の大変動を「肉食革命」と称し、その背景と、食肉の生産拡大に取り組んだ人たちの挑戦に迫っている。

■魚から肉へ。食生活変化のきっかけは宗教改革

 16世紀までの欧州では、魚が大量消費されていた。初期のキリスト教文化圏では、「何かを食べて満腹になるよりも、断食をして食欲を抑えることができれば、楽園で暮らせるようになる」という思想が生まれ、断食日が設定された。当初、断食日の禁忌は肉・魚・卵・酪農製品だったが、次第に肉以外の制約は緩くなり、ついには「断食日=魚の日」と呼ばれるようになったのだという。

 しかし、16世紀に起こった宗教改革が魚の位置づけを大きく変える。宗教改革によって生まれた新教の多くが、「魚の日」を「カトリックの虚飾」として、廃止してしまった。「魚の日」に魚を食べなくてもよくなったのだ。また、同時期に起きたイギリス全体の人口増加や、農耕牧畜に関わらない都市人口の増加も影響し、食肉に対する需要が激増した。

■巨大になる食肉需要に対する取り組み

 こうして生まれた巨大な食肉需要、いわば“肉バブル”に生産者はどう対応したのだろうか。イギリスの牧畜業には2つの変化が生まれた。

(1)食肉生産の階層化:
 家畜を食肉用として「太らせる」作業を専業とする農民が出現した。これが「グレイジアー」だ。(Graze:家畜に牧草を食べさせる、の意)

(2)羊の肉体の巨大化:
 品種改良により羊の体が大きくなった。著者は、庶民が消費する「安い肉」を確保するために、牛よりも先に羊の改良が進んだと推測している。

 品種改良はどのように行われたのだろうか。遺伝学誕生のきっかけとなる「メンデルの法則」が発表されたのは19世紀だ。それまでの理論では、遺伝には家畜の「血統」と、天候や飼料などの「環境」が影響し、「環境」の方がより強く影響すると考えられていた。いくら血統がよい家畜を外から連れてきても、いずれ「環境」に染まってしまうというのだ。品種改良は、その環境条件の縛りに対する挑戦だったと言えるだろう。

 品種改良で革新的な取り組みをしたのが、18世紀に登場したロバート・ベイクウェルだ。
「グレイジアー」の3代目として肉屋が求めるものを熟知していたベイクウェルは、積極的に品種改良に取り組んだ。いわば買い手視点のマーケティングの発想だ。理想の家畜を生み出すために、以下4つの目標設定を行った。

(1)成熟する年齢を早める
(2)高く売れる部位に、肉が多くつくようにする
(3)売れない部位の割合を最小化する
(4)飼料をより多く肉に変換する能力を実現する

 どれも効率重視であり、当時としての独創性は際立っていた。また、ベイクウェルは実験的な取り組みを数多く行っている。その1つが飼料の均一化だ。さまざまな地域から同じ値段で買い付けた同年齢の子羊を、同じ飼料で育て、外的環境が肉体に及ぼす影響を最小限に抑えようとした。そうした条件で生じる個体間の差異をよく観察し、理想の品種に向けた交配に活かしていった。こうした取り組みは、ニュー・レスター種という新種の羊として結実し、ベイクウェルに名声をもたらしたと言われている。

■挑戦者たちに思いを馳せ、肉を食べよう

 本書は、イギリスの肉食普及の歴史について書かれているが、中でも、メンデルの法則が登場する以前に、品種改良に対する実践が実験的に行われたという点が興味深い。イギリスや歴史が好きな人、肉が好きな人だけでなく、NHK「プロジェクトX」に登場するような「挑戦を続ける市井の人たち」の挑戦に関心がある人にも本書はおすすめだ。そして、16世紀から19世紀にかけての品種改良について、当時の文献を読み込み、整理し、まとめていった著者の苦労も行間から伝わってくる。文献だけでははっきりしない部分については読み手の私たちが想像し、当時に思いを馳せるのも楽しいだろう。読後に食べる肉の味わいも増すはずだ。

文=水野さちえ