後輩を注意すればパワハラ扱いされる社会―「被害者ぶる」人はなぜ増えている?

暮らし

2018/6/26

『被害者のふりをせずにはいられない人』(片田珠美/青春出版社)

 たとえば、飲食店に入ったとき、自分より遅れて注文した客の料理が先に運ばれてきたとする。ここで、イライラするのは自然な感情だ。しかし、店員に怒鳴り散らし、いくら謝っても許そうとはしない人もいる。そんなとき、彼ら(彼女ら)は自分が「被害を受けたから謝ってもらって当然」だと考えているだろう。ところが、客観的に見れば、「被害者」は店で、怒り狂う客は間違いなく「加害者」側である。そして、今の日本では被害者ぶっている加害者があまりにも増えすぎてはいないだろうか?

 精神科医として有名な片田珠美さんの新著『被害者のふりをせずにはいられない人』(青春出版社)は、そんな現代人の病理を解説した興味深い内容である。職場、家庭、SNSで「被害者」の立場を主張しながら、実際には他人を傷つける人々の心理を追究すると、日本社会の暗い部分が見えてきた。

「被害者ぶる人」の例を挙げていくときりがない。職場で正当な理由から注意された部下が「上司からパワハラを受けた」と逆ギレするパターンなどは、多くの会社で目につく光景だろう。逆に、明らかに自分がミスをしている上司が、「部下が使えないから成果が出ない」などと責任転嫁し、被害者になろうとすることもある。親が子どもの行動が気に入らないと「せっかく育ててやったのに」とつっかかったり、離婚裁判で「自分はパートナーにより苦しめられた」と主張しあったりするのも「被害者ぶる人」にあてはまるだろう。

 こうした人々は昔から一定数存在していたが、現代日本ではあまりにも数が増えすぎて「社会を壊している」とすらいえる。「被害者ぶる人」増加の背景として、著者は「格差の拡大」「クレーマーが得をする社会」「自己責任社会」の3点を挙げている。経済的格差が固定化されるにつれ、日本人の「自分は割を食っている」という意識は強くなっていった。また、風評被害を恐れて組織がクレームに耳を傾けるようになったため、以前は相手にもされなかった無茶な主張をする消費者が目立つようになった。そして、個人で失敗の責任をとらなくてはいけない社会では、反動的に「自分が不幸なのは自分のせいではない」という責任転嫁が蔓延していく。

 有名人の例を挙げ、「被害者ぶる人」の特徴を解説してくれるのは分かりやすい。能力以上の注目を浴びるため被害者意識をPRする道を選ぶ「スポットライト型」、自分はどうなってもいいからとにかく憎む相手を失墜させたい「リベンジ型」などだ。そして、「被害者ぶる」ことで仕事を休めたり、慰謝料を請求したりする人は「メリット型」に該当するという。

 特に、「リベンジ型」で厄介なのは、往々にして怒りの「置き換え」を行い、無関係な人々まで巻き込む特徴があるからだと著者は説く。日常生活で嫌な目にあっていたとしても、原因に直接復讐できるとは限らない。むしろ、耐え忍んで過ごさなければいけないことの方がはるかに多い。そこで、復讐心を抱えた「被害者ぶる人」は、絶対に言い返せない「立場の弱いターゲット」に矛先を向ける。不倫や失言で炎上した芸能人は格好の標的だ。イメージを大切にする芸能人は、世間からいくら理不尽になじられようが正直に反論できるわけではない。しかも、芸能人を叩きたがる人は被害者と自分を同一視し、「正義」まで感じているから、なおさら行動がエスカレートしていく。

「被害者ぶる人」が周囲にいると精神的にすりへってしまうが、現代ではいつ自分も「被害者ぶる人」の仲間入りを果たすか分からない。著者は「怒りを感じたら10秒数える」「1日1回、1人で怒る時間を設けて発散する」「怒りを別のパワーに変える」などの方法で、「被害者意識」をコントロールする術を教えてくれる。本書には、生きづらさが限界に達する前に覚えておきたい知識が満載だ。

文=石塚就一