【連載】『真夜中乙女戦争』第一章  星にも屑にもなれないと知った夜に(3)

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公開日:2018/6/29

『真夜中乙女戦争』(F/KADOKAWA)

初著書『いつか別れる。でもそれは今日ではない』が17万部を突破した「F」の待望の最新作『真夜中乙女戦争』。4月に発売されると即大重版、9.5万部を突破しています(2018年6月現在)。前作は寂しいと言えなくなったすべての大人のためのエッセイでしたが、今作は大学生の男が主人公の“恋愛小説”。ダ・ヴィンチニュースでは、第1章を3回にわたり特別掲載します。読み始めたらどんどん引き込まれていく、Fさんの世界観に浸ってみてください。

第一章
星にも屑にもなれないと知った夜に(3)

 これから続く私の話は、幸福な人間に用事はない。
 ……何もかも諦めていた私にも、少しの後悔はあった。むしろ、この後悔しかなかった。
「それにしても、私たちは一体どこから間違ってしまったのだろう」
 でも、彼は違った。最初から、すべて。
 彼は ― そうだ、すべてこの男が悪い、こんな化け物を生んだ東京が、社会が、世界が悪い ― 最初から後悔という概念など何一つ持ち合わせていなかった。彼は、やる、と言ったら、必ずやる男だった。落ちてくる落ちてくると言われたミサイルがいつまで経っても落ちてこないなら、お手製のミサイルを作って、自分の家から自分の家めがけて笑い転げながら発射するような男だった。だが生憎、ミサイルを作る知識は彼にはない。しかし彼は何をどう滅ぼすべきか精確に知っていた。そしてそのすべてに彼はミサイルに取って代わるものを放った。東京の治安が今後急速に悪化しオリンピックが開催されなかったとすれば、それは彼が原因だし、もしいきなり内定が取り消されたり、人生の転機を賭けた結婚話が破談になったり、会社や学校が閉鎖されたなら、それもすべて彼が原因だ。

「もう大丈夫だ」と彼は言う。
「何も間違っていない」と。
「この国の治安は戦後最悪になる。おまえは黙って星の数でも数えておけばいい」
 この世で最も恐ろしいのは行動的な馬鹿である、とはゲーテの言葉だ。でも、この世で最も恐ろしいことは、何もしない馬鹿のまま人生を終えることだ。私たちはそう信じていた。
 それにしても、私たちは一体どの時点から間違えてしまったのだろう。
 気づいた時には、もうすべてが手遅れだった。
 数百万回再生されたポルノ。私たちには名前がない。既読が嫌いな彼女。拳銃。パフェ。文学部の裏の喫煙所。廃墟に作った映画館。猫。ワルキューレ。攻撃的ドローン。ヴィヴィッド・ピンク色に染め上げられた銅像。試験妨害計画。飛び散った恋文。撲滅されるサークル。日夜の失恋工作。就活内定帳消工作。そのすべての原因である黒服。私たちの私たちによる戦争。

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 十二月二十五日。真夜中0時。
 東京タワーの通常展望台は、私と彼と一匹の猫を除いて、誰もいない。
 スチール製のゴミ箱で窓ガラスの一つを叩き割れば、両耳と両頰を切り裂く夜風が展望台の中を急速に満たしていく。冬は寂しさに集中しなくて済む唯一の季節だ。深呼吸すれば膝が震える。何かを全身で感じたい時、鼓膜も網膜も皮膚も邪魔だ。もちろん他にも邪魔なものなんて腐るほどある。クリスマスを好きでも嫌いでもなくなったのは、いつからだろう。かつて愛していた人は、今頃ラブホテルで別の誰かを愛していて、その別の誰かはまた別の誰かのことを考えている。私たちはそうして冬が落ちてくる度、愛の定義に失敗する。
 地上一五〇メートルのこの展望台からでも、クラクションの音は微かに聴こえてきた。
 もうどこにも帰れない。ポケットに入れた煙草とライター、財布と携帯。財布に入った学生証は、途中の道で捨てておくべきだったかもしれない。携帯も一思いに捨ててしまえばよかった。Wi-Fiで繋がっても下半身で繋がっても、どうせ最後は一人だ。

 ここから見える、人間の目線の位置より高いビルに入った、ほとんどすべての建物が我々の破壊計画のリストに入れられている。所詮人間 が作ったものだ。人間に壊せないはずがない。レインボーブリッジは封鎖できる。六本木ヒルズも都庁もスカイツリーも火の海になる。LINEなんて消えてしまえばいい。金さえあれば、どんな問題も一瞬で解決できたのかもしれない。でも、私たちの問題は決して金で解決しない。恋でも愛でも時間によっても解決しない。ましてや六法全書や聖書によっても解決しない。解決しようとしても解決できない問題は、問題の根源自体を破壊するしかない。
 東京タワーも、あと一分で燃え落ちる。
 だがこの話をする前に、私はどうしても、数名の被害者の話をしておかなくてはなるまい。私の話の中では大変些末な役割しか与えられていない、些か不憫な登場人物たちの話である。
 大学一年生の春は、私の人生でとりわけ最悪の時期だった。

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