あなたは自分の部屋の“前の住人”を知っていますか…? 訳あり物件にひそむ謎

文芸・カルチャー

2018/7/8

『瑕疵借り』(松岡圭祐/講談社)

 世の中にはたくさんの「訳あり物件」がある。なかでも一番やっかいなのが、「心理的瑕疵(かし)」と呼ばれるものだ。これは、部屋自体には問題がなくとも、過去に自殺や事故の現場となっていて、住む人の不安を掻き立てるような瑕疵のこと。こうした瑕疵のある物件には、当然入居する人たちへの告知義務がある。だが、正直に告知すれば入居者は減ってしまうため、管理者たちは日々頭を悩ませているようだ。それならば、代わりにその部屋に一定期間入居し、その告知義務を失効させる仕事があったとしたらどうだろう…?

 本稿で紹介する『瑕疵借り』(松岡圭祐/講談社)は、そんな都市伝説から生まれた架空の職業――“瑕疵借り”を題材にした短編ミステリだ。著者の松岡圭祐氏は、『万能鑑定士Qの事件簿』(KADOKAWA)や『探偵の探偵』(講談社)など多数の人気シリーズで知られるベストセラー作家。瑕疵借りである藤崎達也が、さまざまな事情を抱える訳あり物件に住み込み、その瑕疵の原因を突き止めていく。

 第1話「土曜日のアパート」では、単身者用アパート「メゾンK」の203号室に住む原発作業員・峰岡が白血病で亡くなる。部屋の被曝量は“基準値”に満たなかったものの、賃貸契約書や作業員としての通行証が見当たらないなど、不審な点がいくつもあった。学生時代にアルバイト先で峰岡と交流のあった琴美は、彼の死の知らせを聞いてアパートを訪ねるが、そこには既に“瑕疵借り”である藤崎達也が住んでいて…。藤崎は、「メゾンK」の心理的瑕疵を減らすため、峰岡の死の真相に迫る。

 本作は、賃貸生活という切り口から、目を背けてはいけない日本の“現実”を描いた作品でもある。高い給料と引き換えに、原発で命を危険に晒しながら働く峰岡。自らの学費を稼ぐために、ノルマの過酷なコンビニで働かざるを得なかった琴美。他の作品でも、スネップやブラック企業の問題など、ままならない事情を抱えた人物たちが登場する。この小説で描かれるドラマは、もしかするとあなたの部屋の“前の住人”のものかもしれない――。4つの短編を読み終えたとき、彼らの生活を他人事だと思えるだろうか?

文=中川 凌