冷静沈着なイケメン高校生が謎の美女に翻弄される!? KZシリーズファンも必読! 藤本ひとみ『失楽園のイヴ』

文芸・カルチャー

公開日:2018/7/8

『失楽園のイヴ KZ Upper File』(藤本ひとみ/講談社)

 燃え盛る炎の表紙も含め、いろんな意味で衝撃的だった『失楽園のイヴ KZ Upper File』(藤本ひとみ/講談社)。サブタイトルを見てお気づきの方もいるだろうが、青い鳥文庫『探偵チームKZ事件ノート』や『KZ’D』シリーズに連なる作品だ。主人公の上杉和典は、同シリーズのファンならピンとくるあの彼なのだが、個人的にはKZのことはひとまず忘れて同書を読み始めることをおすすめする。正直、途中でKZの名前が出てこなければ世界観が同じと気づけないくらいテイストの異なる、男子高校生のほろ苦い青春探偵小説だからだ。

 先にも書いたとおり、主人公は上杉和典。超進学校の男子校で、理数系でトップを争う天才高校生だ。頭の良すぎる少年たちにはよくあることだが、高1とは思えぬ冷静さと明晰さを備えている。たいていのことは理屈で判断、感情に流されることもないのだが、あるときチューターとして赴任してきた妖艶な美女・上田絵羽(えば)に出会ってすべてが変わる。15~16歳の少年を対象に“パートナー探し”をしているという彼女にターゲットとして定められた和典は、ライバルの大椿(おおつばき)と絵羽をめぐった争いに巻き込まれていく、のだが。

 あらすじだけからもわかるように、この絵羽というのがとんでもない女なのである。30過ぎた大人の女性が、己の欲望と野心のためだけに男子高生を誘惑するというだけでもケシカランというのに、彼女の過去には恩師や元生徒の不審死が転がっているのだからどうにもこうにもキナ臭い。賢い……というよりも、やや斜に構えた性格の上杉は、もちろん絵羽の甘い言葉にやすやすと乗ったりはしない。友人の黒木に情報収集を頼み、彼女の過去を解き明かしていくのだが、そうはいっても思春期まっさかりの男子高生。絵羽の魅力を完全にはねのけることもできない。しかも絵羽は、成績でトップを争う上杉のライバル・大椿をけしかけてくるから、なおさらだ。純朴であけっぴろげ、あらゆる面で自分の上をいく大椿へのコンプレックスも膨れ上がり、理性と欲望のはざまで上杉は苦しみ悶えることになる。

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 通過儀礼、という言葉がある。人生において新たなステップへ飛躍するため、なさねばならぬこと。少年が大人になるために必要なのは、ある種の絶望と喪失だ。自分だけではどうにもできない理不尽な現実にうちのめされて、己の無力さを思い知る。人生のよりどころとしてきたものをすべて失い、生きていくために手段を選ばない絵羽は、上杉にとっても大椿にとっても、まさに通過儀礼そのものだった。

 禁断の果実に手を出して、楽園を追放されたイヴ。二人の少年は果たして、彼女と運命をともにするアダムとなるのか。その結果、何を手に入れ、何を失うのか。ひとたび読み始めればその行く末から目が離せなくなる作品である。

文=立花もも