吹奏楽小説でデビューした著者が、みずみずしい青春を綴る『風に恋う』

文芸・カルチャー

2018/7/13

『風に恋う』(額賀澪/文藝春秋)

 注目の若手作家、額賀澪。『ヒトリコ』(小学館)で小学館文庫小説賞を、『屋上のウインドノーツ』(文藝春秋)で松本清張賞をダブル受賞してのデビューで話題になった彼女だが、そのデビュー作のどちらも、音楽がモチーフになっていた。

 そんな彼女の最新作『風に恋う』(文藝春秋)は、著者二作目の吹奏楽小説だ。主人公の基(もとき)が吹奏楽と出会ったのはテレビの中。近所にある千間学院高校、通称千学の吹奏楽部が、全国区のドキュメンタリー番組で大々的に取り上げられたのだ。万年県大会止まりだった吹奏楽部が全国への切符を手にするさまはドラマチックで、基は幼馴染の玲於奈とともに、吹奏楽に熱中するようになる。

 だが、中学時代は全日本コンクールに出場できず卒業。憧れの千学に進学したものの、今の吹奏楽部にかつての輝きはなかった。ゆるい雰囲気、短い練習時間、これでは県大会を突破することさえ難しい。受験もあるし、もう吹奏楽漬けになって全日本を目指すなんて無理だ。そう考えて、基は吹奏楽と決別した。それなのに──。

「今日から吹奏楽部のコーチをする、不破瑛太郎だ」
 まるで指揮棒でも振るうように、静かに凛々しく、そう言う。
「君達を全日本吹奏楽コンクールに出場させるために千学に戻ってきた」

 基は再会してしまった。幼いころ、テレビの中から圧倒的な力で基を吹奏楽の世界へと手招いた、黄金世代のOB・不破瑛太郎と。

 瑛太郎の指名で1年生部長となった基は、千学吹奏楽部部長の栄光から逃れられずにいる瑛太郎の指揮のもと、部長の座を追われた玲於奈、引退を控えた3年生ら、それぞれに事情を抱える部員はもちろん、ドキュメンタリー番組で高校生の瑛太郎を追っていたテレビディレクターらも引きつけて、全日本コンクールのステージを目指すことになる。

 ところで、この物語の冒頭は、別の版でも読むことができる。出版不況が叫ばれる中、著者が本を売る方法を模索する『拝啓、本が売れません』(額賀澪/KKベストセラーズ)に、書き上がったばかり(?)の原稿が先取り掲載されているのだ。

 奏者が同じフレーズを何度も練習するように、作家は同じ文章を何度も磨く。その過程を読み比べることができるのも、この本ならではの楽しみのひとつ。
 そして本作『風に恋う』は、『拝啓、本が売れません』で著者が得たものを詰め込んだ本だという。

 いつだったか、なにかで「奏者は指揮棒が動いたタイミングで演奏を始めるので、聴衆には指揮棒の動きと演奏にタイムラグがあるように見える」と読んだことがある。「ステージと客席には物理的な距離があるので、聴衆に届く音はわずかに遅れて聞こえる」とも。なるほど、それなら指揮者や奏者は、聴衆よりもほんの少し未来を行っているんだなと感嘆した。

 物語の登場人物を指揮するのは、業界の明日を見つめる著者・額賀澪だ。未来から聞こえる、みずみずしい青春小説。胸が踊らないわけがない。

文=三田ゆき