ある日、息子が虫になっていたら——それでもあなたは愛せますか?

文芸・カルチャー

2018/7/17

『人間に向いてない』(黒澤いづみ/講談社)

 あなたは、自分の家族がどうなっても、変わらず愛することができるだろうか。人生、何が起こるかわからない。苦労して育てた子供は、引きこもりになるかもしれないし、ある日夫が交通事故に遭い、働けない身体になるかもしれない。親が認知症になり、あなたのことすら忘れて暴れまわるようになるかもしれない。今は大切な家族でも、あなたにとって“枷”になってしまったら——。

 本作『人間に向いてない』(黒澤いづみ/講談社)では、ある日、引きこもりの息子がグロテスクな虫へと変貌してしまう。あなたなら、それでも息子を愛せるだろうか?

 異形性変異症候群。この物語に出てくる人間を異形の存在へと変貌させるその病は、若者——なかでも、ニートや引きこもりなどの社会的弱者たちに発症する。法律上、彼らは人間として死んだとみなされ、家族は役所に死亡届を出さなくてはならない。あまりにも見た目が醜悪なため、家族が世話を放棄したり、暴行を加えて殺してしまうことも…。

 高校を中退して以来家に引きこもる息子を持つ美晴は、彼が“変異者”になることを怯えながら生活していたが、ついにその日を迎えてしまう。息子を嫌っている夫は、「やっとこのゴミを合法的に投棄することができる」とまで言うが、美晴は「母親の自分が見捨てるわけにはいかない」と自分に言い聞かせ、なんとか世話をはじめることに。追い詰められた彼女は、「みずたまの会」という変異者の家族たちによるコミュニティの存在を知り、そこに救いを求めるのだが…?

“人間が虫になる”という設定は衝撃的だが、本作で描かれる社会や家族のありようは、現実世界と地続きになっているもの。社会的弱者に対する国家の関心の薄さ、傷の舐め合いにしかならない被害者の会、そして目の前にいる家族との向き合い方。本作は主に美晴の目線で物語が進んでいくが、ある時点で引きこもりの息子・優一の内面が明らかになる。

 優一は、自分の母親に対してどんな感情を抱いているのか? お互いへの思いが交差するとき、異色の作品である『人間に向いてない』は、普遍的な母と子の物語へと帰結する。

文=中川 凌