「旅客機に乗っていて窓が割れたら…」「バナナの皮を踏んだら…」―もし◯◯したら、どんな死に方をする?

暮らし

2018/7/19

『とんでもない死に方の科学: もし○○したら、あなたはこう死ぬ』(コーディー・キャシディー、ポール・ドハティー:著、梶山あゆみ:訳/河出書房新社)

 一口に「脳死」と云っても国によって定義が異なり、がんで亡くなるとしても死因は肺炎などというように別の診断を下されることがある。では、人間が死ぬ時にはどんな死に方があるのか。そんなブラックジョークを愉しむつもりで、『とんでもない死に方の科学: もし○○したら、あなたはこう死ぬ』(コーディー・キャシディー、ポール・ドハティー:著、梶山あゆみ:訳/河出書房新社)を読んでみた。本書を手にする前には、よくある1ページに1つの話題くらいの手軽な内容かと思ったら、さにあらず。1つの話題に5ページ前後の解説があり、それらは様々な科学的データをもとに論考されていて、しかもブラックジョークを挟まないと死んでしまう病気に著者たちはかかっているんじゃないかと思えるくらいクドく、気に入った。

「旅客機に乗っていて窓が割れたら」どうなるかといえば、窓が割れただけなら安心して良いようだ。多くの航空会社で採用している機体の窓枠のサイズは、一般的な成人の肩幅より小さく、外に投げ出される心配は無い。ただ、高々度だと酸素マスクを装着する前に気を失い、そのまま窒息死する可能性はある。そして、その時には「息が苦しい」とさえ思わないらしい。というのも、その感覚は血中の二酸化炭素濃度が高くなりすぎた時に生じるもので、酸素が少なくなっても体は検知できないからだとか。もし、子供を連れている時には、つい子供に先に酸素マスクを装着してあげたいと思うかもしれないが、その間に自分が気を失い子供を助けられないかもしれないので、まず自分がマスクを装着すると覚えておくのが良いだろう。

「バナナの皮を踏んだら」というケースでは、死因は頭部を地面に強打することによる脳挫傷と考えられるものの、ここで重要なのはバナナの皮の摩擦係数と、人間にとっての歩行運動だ。リンゴの皮の摩擦係数は0.1なのに対して、バナナの皮はわずか0.07。そして人間の歩く動作は、体が前方に傾き、それをもう片方の足で「倒れては受け止める」となるため、バナナの皮を踏むということは、この受け止めに失敗するということ。「厳密な科学研究によって裏付けられている」のだから、著者は漫画などでバナナの皮に滑って痛い目をみる人を「ドジで間抜け」呼ばわりするのは、「気の毒だ」とさえ述べている。

 誰もが一度は考えるであろう、「乗っているエレベーターのケーブルが切れたら」という時の考察は興味深い。本書によれば、人間が耐えられる重力加速度(G)の限界は個人によるが約50G(体重の50倍)であり、仰向けに横たわっていれば、眼球が破裂して全身が骨折しても助かる可能性があるそうだ。ただし、シャフトの底にある機械や瓦礫が床を突き破って串刺しにされるかもしれない。実際、75階から落下したエレベーターに乗っていた女性添乗員は、隅にある椅子に腰掛けていたおかげで、串刺しにならず助かったという。体勢としては落下のGに耐えられないはずなのに、時に現実は科学的考察の斜め上を行くようだ。

 本書では他に、「次の月着陸船にこっそり乗りこんだら」とか「ブラックホールに身を投げたら」といったような、現実にはありえない死に方をブラックジョークを交えながら教えてくれる。以前にSF小説で、ブラックホールに飛び込むダイバーの物語を読んだのだが、本書の知識を得るとフィクションの作品を、また違った愉しみ方ができそうだ。そして、「この本に殺されるとしたら」なんて著者たちと読者を隔てているはずの第四の壁を壊すような項目があり、本の重量で殴り殺すよりも、紙で体に切り傷を負わせて感染症で殺すほうが効率的と論じていて、おおいに愉しませてもらった。

 なお、もし本書の通りに死ねなかったら、著者たちは心からの謝罪をして重版の折に訂正するそうなので、身に覚えがある人は出版社に連絡するのを怠らないように。

文=清水銀嶺