デビュー作が芥川賞候補に! 平成生まれの注目作家、待望の初小説集『蹴爪(ボラン)』

文芸・カルチャー

2018/7/31

『蹴爪(ボラン)』(水原涼/講談社)

 次世代を担うにちがいない作家の初の単行本がついに発売された。『蹴爪(ボラン)』(講談社)は、水原涼氏による初めての単行本。水原涼氏は平成元年、1989年生まれ、2011年に近親相姦を扱った衝撃作「甘露」で文學界新人賞を受賞、同作がいきなり芥川賞候補にもなった新進気鋭の作家だ。今回の単行本は、「群像」に掲載された2編の小説をまとめたもの。どちらの作品も、アジアとヨーロッパの島を舞台とした挑戦的な作品で、異国を舞台にしてはいるが、強く心揺さぶられる。思うようにいかない青春の日々を生き抜く彼らの姿は、私たちの姿だ。期待の新鋭の作家・水原涼氏はどんな作品を紡ぎ出したのか。純文学ファンとしては読まないわけにはいかない。

 表題作「蹴爪(ボラン)」の主人公は、東南アジアの島の少年・ベニグノ。闘鶏場で胴元を務める父親・パウリーノが、悪魔から村を守る祠をつくる責任者となった日からベニグノの生活は少しずつ変化していく。幼馴染・グレッツェンの大切な鶏が殺され、島では殺人事件が頻発し、大きな地震で祠は完成前に倒壊。祠が倒れたのは、パウリーノの責任だという噂が村中に広がり…。少年を取り巻く不穏な暴力と生臭い血の匂い。ひっきりなしに飛んでくる拳。強くなることを願うベニグノは不穏な日々のなかをどう生き抜いていくのか。

 ベニグノの住む貧しい村では、悪魔にまつわる迷信が人々の生活に根付いている。いい加減な噂話が、事実より優先される世界。ベニグノとその家族たちは、そうした噂の当事者となり、運命を狂わされていく。「きっとこれは過去の物語なのだろう」と読み進めていくと、スマートフォンが登場し、驚かされる。これは、現代の物語なのだ。科学技術が発展しようと、この状況が変わるとも思えない。そして、遠い異国の物語でありながらも、決して他人事ではない物語なのだ。

 閉ざされた世界のなかで、主人公はどんどん追い詰められ、選択肢を奪われていく。いろんな可能性を潰されても、どうにか生きようとする彼は、次第に明日を思い描くことさえできなくなる。目を背けたくなるほどの理不尽な展開。自分ではどうしようもないものに翻弄されていく少年の姿。こんなにもありありと、生々しく、身近に、そのありさまを描き出せるのは、水原涼氏だからこそだ。

 今後ますます大きな作品を描いていくであろうこの才能が、想像力を飛翔させた熱く不穏な作品たち。これからの水原涼氏の活躍が期待されるこの小説集を、ぜひあなたも手にとってほしい。その不穏な展開に、時に目を背けたくなるかもしれない。だが、これこそが現実。先の読めない展開から読む手を止めることができない一冊。

文=アサトーミナミ