「生きにくい」と感じている全ての人へ。つらい日々を乗り越える「楽天道」とは?
更新日:2018/9/5
直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』など、多くの小説やエッセイでその名を馳せた作家の佐藤愛子先生も、今や御年94歳になられるのだという。時の流れのはやさを噛み締めながら、エッセイ集『楽天道〈らくてんどう〉』(佐藤愛子/海竜社)のページをめくる。
本書のタイトルでもある「楽天道」という言葉について、彼女はこう語っている。
楽天は私の人生を支えてきた主義だ。次々に襲ってきた艱難辛苦(かんなんしんく)に負けずに今日まで生きてこられたのは、楽天主義のおかげである。(4頁)
戦争の時代を生き抜いた後、夫の会社の倒産による借金返済のために多数の小説を執筆し、テレビに出演すると世相の乱れを辛辣に批判した。彼女の波乱万丈とも言える人生を支えた思想こそが「楽天道」だ。
楽天と言っても、ただ単にのほほんとしているわけではない。「柔道」「剣道」と同様、「楽天道」は人生修行の一手段。楽天に向かう道なのだという。悲運を克服し、幸福を目指す修行としての「楽天道」の心意気で、ブレずに、まっすぐ、まっしぐらに生き抜いてきた著者が、中年からシニア世代に向けて綴ったエッセイをまとめた本書。すべての作品をここに並べるわけにもいかないので、私が特に好きなもの1篇を本稿でご紹介させていただきたい。
■強くて寛大な女になったときには、もう夫はいないのである
「マスコミの波間に浮き沈みして暮しをたてていることがいやになった」時期、彼女は仕事を整理して、しばらく沈思反省の時を持とうと決心する。当然その間の収入は無くなるわけなので、周りからは多くの反対意見が飛んできたようだ。
しかし彼女は、「今までシタビラメを食べていたのをサバにして、カレーライスは肉を減らしてジャガイモを主とする。金がある時はあるように、ない時はないように暮らすだけだ」と、まさに楽天道の境地だ。
そんな楽天的な彼女にひとりの男友達がこう言う。
「君は女だから、平気でそんなことが言えるんだなあ。女はいい」と。
女だからそんなことが言える、裏を返せば、男だから言えない、ということだ。「妻子を養わねばならない」という歴史的責任感というものが、ほとんど本能のような形で、ずしりと男の肩にかかっているのだと彼女は考える。
自由というものは男にだけあって、女にはないものだと今まで思っていたが、この頃は、どうやら女だけにあって男にはないのかもしれないと思いはじめた。
今、私に愛する夫がいれば、イヤなものはイヤといい、貧しくても自由に暮す暮しかたを容認するであろう。女が強くなるということはそういうことではないか。しかし、残念なことには、そのように寛大になったときには夫はいないのである。(44頁)
こうして締められる、彼女の男と女に関する論。気付いた時には…という人生で何度も経験する矛盾がよく表されているなと、何度も心地良く読み返してしまう。
他にも、ボケとの向き合い方、我が子を叱るということ、スケベとは、幸福とは…などなど、数々の艱難辛苦を乗り越え、楽天の極致を目指してまっすぐに生きてきた佐藤愛子先生の論考に基づくエッセイは、どれも学びに溢れており、そして心地良い。
とかくに人の世は住みにくい。それは、どの時代にも言えることなのかもしれない。本書に詰め込まれた、愛に溢れる有り難いエッセイは、何かしらの「生きにくさ」を感じている人にとって光となるような存在だと言えよう。
文=K(稲)
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