食中毒事件の思わぬ真相とは? 今だから読みたい、風評被害を考える医療サスペンス
公開日:2012/3/23
猛暑のある日、鴨鍋とおにぎりがふるまわれた北関東の幼稚園で集団食中毒が発生した。暑さの中で衛生管理に問題があったとされ、幼稚園の教諭は非難の矢面に立つことに。ところが医師と保健所が調べるうちに、中毒の原因は思わぬものだったことがわかって…。
これまで臓器移植や遺伝子クローンなど、医学的なモチーフを使ったサスペンスを意欲的に発表している著者だが、その医学的・科学的情報の興味深さもさることながら、それに関わる人々が何を考えどう動くかという点が描き込まれているのが魅力だ。本書は特にその側面が強い。
読みどころのひとつは、その中毒を起こした原因がどのようにもたらされたのかという点。それを詳しく書いてしまうとネタバレになるので伏せるが、「今の科学だとそういうことがあるのか!」と馴染みのない業界を覗く面白さがある。けれど最大のポイントは〈犯人〉が「良かれと思って」やったことがすべての原因になっているということだ。本書では自分が原因だと気づいた〈犯人〉がとった行動に読者の意見が分かれそう。人のとるべき責任というものを考えさせられる。
もうひとつの読みどころは、何をもって解決とするかにある。食中毒の原因究明中も、判明したあとも、保健所は発表に慎重になる。なぜなら、原因によっては報道次第で大きな風評被害を招くからだ。もしも農産物に原因があったとしたらその地域の農産物を買おうという消費者はいなくなる。一方で、〈犯人〉が素直に自分のせいだと自主できない理由もそこにある。自分が名乗り出ることで、罪のない人にまた別の風評被害を招きかねないのだ。犯人が分かり犯行の詳細が分かれば解決、という問題ではないのである。そこをどう処理するかに注目。この結論にも賛否は分かれるかも。
登場人物の行動にイライラする部分もあるし、どうにもやるせない気持ちになる部分もある。しかし真相追求と問題解決は違うのだということはしっかり伝わってくる。「良かれと思って」やったことが食中毒を起こしたのは不幸としか言えないが、それをもっと大きな事件にしてしまうのは人間の思い込みと自分勝手な保身なのかもしれない。
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