自意識過剰で、プライドが高い。生きにくい日々を送る、コミュ障の男性歯科医に訪れた転機とは……『ひとりぼっちじゃない』

文芸・カルチャー

公開日:2018/9/7

『ひとりぼっちじゃない』(伊藤ちひろ/KADOKAWA)

 映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の脚本執筆時は20歳。映画『スカイ・クロラ』の脚本も手掛け、原作者の森博嗣氏をはじめ吉田修一氏や井上荒野氏など数々の作家から支持される脚本家・伊藤ちひろ氏。高校時代に小説を書いていたのを知った行定勲氏に誘われ脚本の世界に足を踏み入れたという彼女の、初小説『ひとりぼっちじゃない』(KADOKAWA)が刊行された。

 読んでいるあいだ、とにかく始終胸が痛かった。読むのをやめてしまいたい――目を背けたいと思っていたのに、どうしてもページを繰る手を止められなかった。こんなにも不器用で、自意識過剰で、プライドが高く、人に愛されたいと願ってもがいている男が、どこにたどりつくのか見届けたかった。タイトルが示すように、本当に彼は“ひとりぼっちじゃない”のか確かめたかった。

 本書は、雇われ歯科医のススメが、日記でみずからの日常を語り続けていく。勤める歯科クリニックの先生やスタッフに、自分がどう思われているかを過剰に気にして、些細な言動も悪意に変換して、実際ときどき陰口は叩かれているのだけど、それを不遜にはねのけることもできず、ただただ、思い悩んでいる。とくにギャル系助手の川西に対しては自分を否定するものの象徴として憎悪に近い感情を抱くのだが、一方で、いちいち「こんなんじゃだめだ」「変わらなきゃ」と思い直して努力しているのが憎めないところ。

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 正直、努力の方向はズレていることが多い。「僕はこんなところがよくないんだ」と本人がくよくよしているところは大抵そうでもないし「僕は間違ってない!」と憤るところはたいてい間違っている。だけどほとんどの人がそうなんじゃないだろうか。長所も短所も、自分の認識と他人のそれとが食い違うことは往々にしてある。すりあわせていくにはときに他人と衝突し、手痛い決裂を経験しながら学んでいくしかないのだが、傷つくのは誰だって怖い。自分の殻に閉じこもっているほうが楽なのだけど、ススメのその殻をぶち破ってくれたのは他でもない川西だった。

 いわゆるリア充と呼ばれる人間を、過剰に憎んでしまうのは彼らに悩みなど何もなさそうに見えてしまうからだ。だけど彼らは、他人の目を気にしないから平気、なわけではない。嫌われるのも傷つくのも等しく怖い。だけど立ち止まっていては何も始まらないのを知っているからトライアンドエラーをくりかえして今をつくりあげている。もちろんどう頑張ったってススメは川西のように生きることはできないのだけど、対話を始めた二人が友達になり、互いを認めはじめる過程は胸をうつ。

 人生は螺旋階段のようなものである。似たようなところを行きつ戻りつ成長していないように見えて、気づいたときにはほんの少しだけ上にいる。川西のおかげで世界は広がったけれど、そのぶん自己完結できない苦悩は増えるし、宮子という女性に恋をしたことでススメはさらに無様に乱れていく。だがその姿こそが、美しい。「誰かのかけがえのない人になりたかった」と切望し続けていた彼が、「自分にとってかけがえのない人」を見つけたことを生きる光に変えていく。彼の踏み出したその一歩は、読む人の希望にもなるだろう。

文=立花もも