小6の娘がカフカの『変身』を読書感想文に選んだ理由は? 母は20年ぶりに読んで…

文芸・カルチャー

更新日:2018/10/1

『カフカ ショート セレクション 雑種』(フランツ・カフカ:著、ヨシタケシンスケ:イラスト、酒寄進一:訳/理論社)

 夏の読書感想文の定番の1冊と言えば、カフカの『変身』である。何と言ってもそのページ数の少なさが、本を読むのが嫌いな中高生にもハードルを低くしているのは周知の事実なわけだが(カミュの『異邦人』も同様)、我が家においても、小6の娘が今夏の読書感想文の対象として選んだのが、この『変身』。やはりページ数かぁっ! と思ったのだが、いやしかし。何ゆえにカフカなのかと聞くと、好きなボカロの曲が『変身』をモチーフにしているからだとのこと。そのボカロ曲とは、初音ミクの「始発とカフカ」だそうだ。

 なるほどなあ。何となくとても嬉しい気分になったのは、自分の好きな音楽とか小説とかの中に引用されている先行者の作品を必死で探して読んだり聴いたりした自分の青春時代を思い出したからである。影響関係がどうとか、そういうことはあまり考えず、ただ、好きなクリエイターのリスペクトしているモノをもっと知りたいという欲求に自然と駆られて、本から本へ、曲から曲へと、あるいはメディア横断的に、音楽から絵画へ、本から音楽へということもあった。いずれにしても、Amazonの「あなたにおすすめの商品」なんてレコメンド機能が生まれる前に、自分へのおすすめの商品に自力で辿り着く作業はなかなかに楽しかったのである。

 さて、そんなわけで『カフカ ショート セレクション 雑種』(理論社)である。久しぶりにカフカの短編を読んでみた。最後に読んでから20年以上経っていると思うのだが、こんなにも読後感が変わるとは我ながら意外だった。自分にとってカフカの短編と言えば、もっと陰気で内省的なトーンだったと記憶していたし、実際に存在しない謎の生物とか主人公が振り回される不条理な状況とかに、リアリズムの小説では得られない暗い快感を覚えていたと思う。

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 が、不条理な経験も山ほどして、謎の生物みたいなオドラデク人間ともさんざん渡り合った現在、カフカの短編を読むと、吉本新喜劇のように笑えてしまえるのである。

 誰にも見てもらえない断食芸人に、悲愴感とか存在の孤独を感じていた青春時代の自分はどこかに消え去り、「断食って言えば、榎木孝明さんは元気かなあ」とか(榎木さんと言えば30日間不食チャレンジからの成功!)、そもそも「断食」という行為のストイシズムが通用しないメンタルになっている自分に気づくのであった。

 不条理小説の代名詞のような『掟の前』では、掟の中に入ろうとする男と門番との長きにわたるやり取りの果て、「実は××だったんだよ~ん!」みたいな衝撃の告白を門番がする。が、そんな陰惨なイジメみたいなオチを読んでも、人生の不条理や理不尽な他者に身震いする感受性は既に消え失せており、思わず、某名刺管理ソフトのCMでぼやく松重豊のように、「それさぁ、早く言ってよ~」とツッコミを入れてしまうのであった。

 かくして、中高年と小学生では、カフカの短編を読んだところで感じ方も全く違うのであろうと当たり前の結論でお茶を濁そうとしているわけだが、ちなみに、我が家の娘の『変身』感想文は以下のような結びであった。

「カフカという人は、自分が死んだ後、作品は全部焼き捨てるように頼んだそうです。でも、友達のマックス・ブロートさんは言うことを聞かないで、本にしたそうです。マックス・ブロートさんがいなければ、カフカの小説をわたしたちは読めませんでした。わたしも、こういう友達がいたらいいなあと思いました」

 はい。私もそういう友達がいたらいいなあと思います。以上、50歳目前の夏休み終了後の読書感想文でした!

文=ガンガーラ田津美