『魔女の宅急便』 キキとトンボの恋のゆくえ、知ってた?

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/20

『魔女の宅急便ーキキの恋ー』(角野栄子/KADOKAWA)

「ノーベル文学賞」は最近、選考機関の関係者がレイプ疑惑で起訴されたり、村上春樹氏が受賞を逃したり、なにかと話題に事欠かない。一方、児童文学の最高峰「国際アンデルセン賞」については、ノーベル賞ほど知る人は多くないだろう。別名、“小さなノーベル文学賞”とも呼ばれる同賞は、子ども向けの本に貢献した作家や画家に送られる、児童文学の権威ある賞のひとつだ。

 そんな国際アンデルセン賞、今年は日本人作家の角野栄子さんが受賞したのをご存じだろうか。角野さんの作品で特によく知られているのが『魔女の宅急便』。書籍のほうは未読でも、ジブリアニメなら見たことがある、という人も多いだろう。

 アニメ版は13歳のキキが新しい街に馴染んでいくまでの様子が描かれているが、原作ではその後も物語は続き、文庫本にして6冊(角川文庫)にわたる長編作品となっている。最終巻ではなんと主人公のキキは35歳(!)。魔女の宅急便シリーズは、キキが故郷を離れた13歳から35歳までの成長の記録を描いた壮大なストーリーなのだ。

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●アニメ版と原作の設定の違い

 あのあどけなかったキキが35歳。ジブリアニメのビジュアルで見てみたいような見たくないような……。35歳のキキがどうなっているかは原作を読んでのお楽しみということで、もうひとつ、アニメを見たことがある人なら、物語のその後について気になることがあるのでは? そう、キキが街で出会った少年、トンボとの恋の行方である。

 実は、アニメと原作とではとんぼの性格にやや違いがある。アニメでは、比較的早い段階でとんぼの登場シーンがあるが、原作のトンボとキキの出会いは1巻の100ページを過ぎたあたり。しかも、キキが海でまどろんでいるすきに魔法のほうきを盗むという、わりと陰湿な感じで登場する。人見知り気味のキキに「まーじょこさーん!」と元気に呼びかけるアニメ版のとんぼに対して、原作版は飛行クラブで魔女のほうきを研究しているややオタクっぽい少年だ。

 また、キキがデッキブラシに乗って飛行船から落ちそうなとんぼを救出する場面は、アニメのオリジナル。原作はアニメほどの劇的なクライマックスシーンはなく、キキとトンボは1巻から5巻にかけて、徐々に徐々に仲を深めていくのだ。

●原作4巻のテーマは「キキの恋」

 少しずつとんぼのことを意識しはじめる1巻~2巻、トンボへの恋心を自覚したキキが空を飛びながら「わたしは、とんぼさんがすき」と絶叫する3巻、そしてこの恋のハイライトとなるのが4巻の『魔女の宅急便ーキキの恋ー』である。

 4巻では、キキは17歳になっており宅急便の仕事も順調、一方のトンボは進学のため遠くの街で暮らしている。トンボへの恋心を自覚したキキは、アニメ版のツンケンした様子からは想像もつかないほど、とんぼ一筋だ。ところが、夏休みが近づいてきてようやくふたりで過ごせるかと思いきや、とんぼから「この夏はやまごもりします」といった手紙が届いて愕然。「ふたりの夏休みはなしってこと?」とがっかりし、とんぼが夏休みをエンジョイしていることに不満を覚えたりする。最終的には、キキがとんぼのいる山を訪れ、ふたりの距離はより縮まっていく……といった内容だ。

 さらに5巻の終盤では、お互いの想いを確かめ合い、その後結婚と、これまでの長い道のりが嘘だったかのように一気にゴールインを果たす。ちなみに、ふたりが想いを確認し合うシーンでは、

「わたしのこと、すき?」
「もちろん」
「ほんと?」
「ほんと」
「愛してる?」
「もちろんだよ」

 といった言葉がかわされるなど、激甘な仕上がりになっている。

 最終巻の6巻では、時は進みキキはすでに35歳。とんぼは1巻から5巻で描かれたキキの思春期・青春期のひとつの軸ともいえる。

 もちろん、同作のテーマはとんぼとキキの恋物語だけではない。故郷から離れた街で暮らす切なさ、思春期特有の不安定さ、人との関わりの中で生まれる葛藤などがキキの心情を通じて伝わってくるので、読めば自分が10代だったころを思い出すはず。児童書というくくりではあるが、大人にこそぜひ手にとってほしい一冊だ。

文=田中よし子