初めから“叙述トリック”だとネタバレしている挑戦的なミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/10

『叙述トリック短編集』(似鳥鶏/講談社)

 誰かにミステリー小説をすすめるとき、“叙述トリックもの”ほど厄介な存在はない。叙述トリックとは、「作者が読者に仕掛けるトリック」とも説明されるように、文章の書き方で読者を騙すトリックのことだ。

 たとえば、“「僕」という一人称を使う人物が実は女性だった”というように、男女を誤認させるものなどが王道である。読者からしてみれば、それまで当たり前だと思っていた前提条件が突如崩れ落ち、その瞬間まったく違う世界が見えてくるのだから、うまくハマればとてつもない「ダマされた!」という快感が得られる。それ故に、叙述トリックは人気があり、これまでにもさまざまな趣向を凝らした名作が生まれてきた。

 だが、それを「おすすめしよう!」という段になると、ひとつ大きな問題が目の前に立ちはだかる。それは、“叙述トリックが使われていること”自体がその作品のネタバレになってしまうことだ。ミステリファンの間でも「そこまでは気にしない」という人もいるのだが、私はそれを隠そうとする作者のたくらみまでを含めて作品を味わいたいと思っている。だから、叙述トリックものをすすめるときは、「なんか、最後、すごいダマされます…いや、ホントですって!」みたいな感じになりがちである。

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 その点、似鳥鶏さんの新刊『叙述トリック短編集』(講談社)は最高だ。なにせ、タイトルから“叙述トリック”だとネタバレしているのである。叙述トリックは、それが叙述トリックだとわかった時点で、読者に見抜かれやすくなってしまう。

 だというのに、本作は、叙述トリックを使用していることを明かしながら、それでも読者を騙してやろうというのだ。野球で例えれば、ピッチャーがどの変化球を投げるか宣言した上で、バッターに空振りさせようとしているようなもの。腕に自信のあるミステリー好きならば、こんな挑発に乗らない手はないだろう。

文=中川 凌