11歳の僕は、大人になっていた――中田永一が贈る、感動のタイムリープ小説

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/25

『ダンデライオン』(中田永一/小学館)

 中田永一が某ベストセラー作家の“もうひとつの顔”であることは、本好きならば知っている公然の秘密だろう。しかし近年はそんな紹介をする必要もないくらい、中田永一の活躍ぶりには目覚しいものがある。映画化された『くちびるに歌を』は累計34万部を突破、その後も『僕は小説が書けない』(中村航との共著)、『私は存在が空気』と話題作を刊行し、高い評価を得ているのだ。

『ダンデライオン』(中田永一/小学館)はそんな中田永一の最新作。中田名義の長編としては『くちびるに歌を』以来7年ぶりとなるので、まさにファン待望の一冊といえる。

 1999年春、11歳の下野蓮司は野球の試合中、頭にボールの直撃を受けて意識を失った。目を覚ますとそこは、20年後の世界。彼は体に貼りつけられていたテープレコーダーによって、驚くべき事実を知らされる。1999年に小学生だった蓮司と、2019年に31歳の蓮司。異なる時間を生きていた2人の蓮司は、それぞれ頭に強いショックを受けたことで、一日だけ意識が入れ替わってしまったというのだ。なかなか状況を受け入れられないまま、蓮司は婚約者だという女性・小春のマンションに向かう。

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 一方、20年前に戻った大人の蓮司は、着々とある行為のための準備を整えていた。未来をすでに知る蓮司には、どうしてもやっておかなければならないことがあったのだ……。

『ダンデライオン』は、タイムリープ(時間移動)のアイデアをたくみに取り入れた、緻密な構成のミステリーである。登場人物が過去や未来に移動する、「タイムリープもの」と呼ばれるタイプの作品だが、一日限定で子ども時代と大人の意識が入れ替わる、というアイデアが非常にユニーク。この設定を利用して、著者は驚きでいっぱいの小説空間を見事に作りあげた。一分の隙もなく組み上げられた、意外性とサスペンスにみちたストーリー展開には、きっとあなたも興奮させられるはずだ。

 と同時に、本書は中田永一らしさ全開の切ない青春小説である。プロ野球選手になるのが夢だった11歳の蓮司は、未来の世界で自分の将来を知ってしまう。果たしてそれは幸せなことなのか。深く考えさせられるテーマをはらみながら、物語は感動のラストシーンへと向かってゆく。タイトル『ダンデライオン』の由来になったロバート・F・ヤングの短編「たんぽぽ娘」がそうであるように、涙をさそう極上のラブストーリーでもある。

 中田永一の本領が発揮された傑作。ハラハラドキドキの物語に酔いしれながら、人生について、時間について、思いをめぐらせてみてほしい。

文=朝宮運河