元麻薬取締局捜査官が、顔出し実名で激白! 麻薬王エル・チャポの逮捕と脱獄――驚愕の実態とは?

社会

2018/11/16

『標的:麻薬王 エル・チャポ』(アンドルー・ホーガン、ダグラス・センチュリー:著、棚橋志行:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 日本でも密かに蔓延しているといわれる薬物。厚生労働省発表のデータによれば、ここ数年は過去の倍以上の量(1年で1トン超)が摘発されるなど、日本は「アジア最大の覚醒剤マーケット」になっているらしい…。こうした薬物汚染を水際で食い止めるようと、日夜「麻薬Gメン」(厚労省麻薬取締部)が活躍しているが、世界に目を転じると、薬物汚染のレベルは日本とはケタ違い。ヤバすぎる場所で危険な捜査に身を投じる「命知らずの凄腕捜査官」が多数存在するのだ。

 たとえば麻薬組織同士の縄張り争いや政府との武力抗争で「麻薬戦争」下にあるメキシコでは、抗争に絡んだ誘拐や殺人が常態化。犠牲者の中には一般人も多く、昨年の3月上旬にはメキシコ東部ベラクルス州の農場から240人以上の男女の殺害遺体が見つかるなど、犠牲者はこの10年で約20万人にのぼるという。そしてもちろん、この状況下でも、麻薬組織撲滅のために多くの捜査官が命がけで活動しているのだ。

 元DEA(アメリカの麻薬取締局)捜査官による手記『標的:麻薬王エル・チャポ』(アンドルー・ホーガン他:著、棚橋志行:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)を読めば、彼らがいかに危険な現場でギリギリの攻防戦を繰り広げているかを感じるだろう。タイトルにあるようにターゲットはメキシコの麻薬組織のトップに君臨していたシナロアカルテルの首領、「世界最重要指名手配犯」エル・チャポ。本書は彼を追い詰めた8年におよぶ捜査の裏側を語る貴重な一冊だ。実は出版当初、危険を避けるために著者のホーガン氏は仮名を使い、掲載写真にもモザイクをかけていたというが、途中から本名での発表を決意し写真も差し替えたという。そのエピソードだけでも、この本の信憑性の高さと共に、いかに「ヤバい」ものか察しがつくだろう。

 一時期はメキシコ最大の麻薬組織であり、毎月コカイン1トン、マリファナ2トンを動かし、その規模3000万ドル、米国で消費される薬物の1/4を占める世界最大の密輸組織でもあった「シロアナカルテル」。その首領であるエル・チャポは2009年の経済誌「フォーブス(Forbes)」の世界長者番付で701位に入り、資産10億ドルといわれていた人物。その大物に狙いを定めたホーガン氏は、メキシコシティの駐在ポストに志願し、チャポとその配下のブラックベリー(携帯電話)をつきとめ通信傍受し、PIN(個人識別番号)の位置を丹念に追うことで、相手に気取られないように慎重に少しずつチャポの組織の全容を明らかにしていく。幾層にも分かれた通信網は追跡困難、おまけに短期間に携帯電話は使い捨てられ、幾度もゼロからのやり直しを強いられる。圧倒的な資金力を背景にしたチャポは警察や軍の権力中枢にも食い込んでおり、秘密裏のはずの捜査情報がつつぬけになっていることも日常茶飯事。どこに敵がいるかわからない状況にも負けずに、国を超えて心から信頼できるチームを作りあげ、尋常ではないタフネスで麻薬王をじりじりと追い詰める。メキシコ空軍も巻き込み、やがて訪れる「決戦の日」。次第に明らかになる麻薬組織の実態や日常も驚きの連続だか、スリリングな追跡劇の興奮は生半可なフィクションでは味わえない面白さだ。

 巻末解説は犯罪多発地域の取材で知られる丸山ゴンザレス氏。メキシコ麻薬戦争を描いた資料が限られる中、本書は「第1級の資料となるノンフィクション」と太鼓判を押す。すべてが日本の常識を超えたスケールはとにかく圧巻。世界の「今」を知るための最高に興奮する一冊であることは間違いない。

文=荒井理恵