真面目に働いていたのにホームレスになった――「貧困女子」の裏に隠されている問題

社会

2018/11/18

『神さまを待っている』(畑野智美/文藝春秋)

 ここ数年、「貧困女子」のニュースを目にすることが増えた。彼女たちの中には、大学に進学し、勉強や就活に励んでいたにもかかわらず、またたく間に貧困に陥る人もいる。一体、その背景にはどんな事情があるのだろうか。

 畑野智美の『神さまを待っている』(文藝春秋)は、文房具メーカーで派遣社員として勤務していたものの、ホームレスになった26歳の女性・水越愛の物語だ。彼女は家族に頼ることができない状況の中で、正社員を目指し、自立することを望んで生きてきた。

 だが、「正社員にすることを検討する」と約束された派遣先では、業績悪化を理由に契約を切られる。失業保険を受給しながら就職活動を開始するが、どこにも採用されない。おまけに、アパートの更新料や家賃、住民税を支払うと、貯金がなくなってしまう。

「飢死」が現実として迫る中、家賃よりも、食費を選ぶべきという結論に達した彼女は、大晦日、ホームレスになってしまうのだ――。

 愛は、日雇いバイトの派遣会社に登録し、漫画喫茶に寝泊りする日々を送る。

 工場や倉庫に派遣される厳しい環境の中でのバイトには、学歴による差別意識や無視があった。そんな環境を生き抜く愛だが、頼りになる男性の友人からスマホに心配の連絡が来ても、父親に連絡されることや、軽蔑されることを恐れて、返信しようとはしなかった。

 そんなある日、愛は寝泊まりする漫画喫茶で、同い年の女性・マユに出会う。彼女は、奨学金の返済に困っており、生活を捨て、出会い喫茶で働いていた。

 マユは、愛にも出会い喫茶で働くことを勧める。はじめは断っていた彼女だが、菓子パンで腹を満たす生活から抜け出すために、出会い喫茶に通うようになるのだが……!?

 出会い喫茶には、ごはんやカラオケに行き、男性に3000円から5000円もらう「茶飯」と、ホテルに行く「ワリキリ」がある。はじめは茶飯で稼げていた愛だが、徐々に難しくなる。男性からお金をもらう度に削られていく精神、ボロボロになる服や肌、戻れると思っていたはずの場所が、日に日に遠くなっていく苦しみ……。

 そういった焦燥感が淡々と綴られているのだが、貧しさが人の心を蝕み、正常な判断をすることさえ困難になる様子が、ひしひしと伝わってきた。

 愛は、ホームレスになり、様々な女性と出会う。子供を抱えながら、身体を売ってお金を稼ぐシングルマザーのサチ。父親からの虐待が原因で、家を出て、毎晩スマホで泊めてくれる男の人を探すナギ。

 帰る場所のない女の子たちを泊めてくれる男性のことを、彼らは「神」と呼ぶのだが、愛は、ある人物との再会がきっかけで、本当の「神さま」の正体に気づくことになる。

 本書を読んで感じたのは、彼女たちの貧困は、決して全てが自己責任という言葉で片付けられないということだ。そして、貧困の後ろに隠れているもの……。それは時に「虐待」や「家庭環境」なのだが、その原因を見つめていかないと、彼女たちを正しく支えていくことは難しいとも感じた。

 本書は、作者が自らの体験をもとに描いているという。主人公の愛は言う。

貧困というのは、お金がないことではない。頼れる人がいないことだ。

 ……恐らく、相当な実感を伴って発せられた言葉ではないだろうか。

 貧困の本当の怖さと、そして少しの救いの道が描かれている小説だ。貧困は、決して他人事ではない社会問題である。ぜひ本書を読んで、貧困の裏側に隠されている問題を考えてみてほしい。

文=さゆ