『ブラタモリ』がスルーした企業墓とは? 企業と宗教の関係に肉薄する衝撃の事実!

社会

2019/1/12

『ルポ 企業墓 高度経済成長の「戦死者」たち』(山田直樹/イースト・プレス)

 高野山、比叡山にそびえ立つ“異形”の墓石群……それらは、何を「封印」してきたのか。高野山は、外国人観光客を対象にした2018年度の「トリップアドバイザー」のランキングで、印象に残った観光地の7位に挙げられる。そこで企業名が刻まれた墓石を見た外国人観光客は、「これは誰のGRAVEなのか?」「こんなTOMBがなぜ高野山にあるのか?」、そして「なぜ日本のCompanyは、従業員が亡くなっても供養するのか? 個々人の墓はないのか?」と不思議に思うらしい。

 2018年11月に発売された『ルポ 企業墓 高度経済成長の「戦死者」たち』(イースト・プレス)では、これらの墓を「企業墓」と呼ぶ。会社は、なぜ墓をその場所に立て、供養を欠かさないのか。『週刊新潮』の連載「新『創価学会』を斬る」で「第10回 編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞大賞」を受賞し、同連載をもとにした『創価学会とは何か』(新潮社)がベストセラーとなった新宗教研究の第一人者で著者の山田直樹氏は、その理由を問うべく企業に取材を試みるが、それは想定していた以上に困難を極めたという。

耳にしたくない話もずいぶんと聞かされた。個別企業サイドに取材すると、その色合い、スタンスの違いが鮮明になる。(略)ネガティブな回答で多かったのが、「墓の写真は掲載しないでほしい」「取り上げるのをやめてほしい」なるもの。

 個人のブログやSNSには企業墓の写真が投稿されているにもかかわらず、正面から取材申請をすると「ノー」を突きつけてくる企業に、著者は疑問を投げかける。たしかに、インスタグラムなどで「企業墓」を検索すると、さまざまな企業の墓が表示される。著者は、企業が企業墓に対してナーバスになっている理由は、先の経営者が生み出した「負のレガシー」という認識があるからでは、と推測する。

負の部分、あるいは間違った判断で起きた失敗は消し去りたい。こうしたメンタルを、多くの企業は共通意識として持っている。そして日本人には、手厚く葬らずに回向を欠くと、故人は悪霊となって現世に影響を与えるという「信仰」がある。だから企業は「先人を弔う」。よって、企業墓はその象徴という仮説もある。

 企業は、企業墓を先の経営者が残した負の遺産と認識すると同時に、取材を受けて墓の存在が公になることを恐れているのかもしれない。一方で、勝手に撤去してしまえば現世の自分たちが“先人に祟られる”のでは……という奇妙なジレンマを抱えているのだ。

 同書には、それぞれの企業墓の特徴も紹介されている。日本最古の企業墓は、東京・西日暮里の本行寺にある「伊勢丹社員之墓」。伊勢丹は、帯が主力商品の呉服店として、小菅丹治が家族経営で始め、のちに法人化し、日本を代表する百貨店へと成長した企業だ。

 伊勢丹の歴史を調べるうちに、高度経済成長期における「日本的経営」のあり方が、企業墓と密接に結びついているのではないかという仮説に至る。そこから、「日本人と企業」「企業と宗教」の関係の変化を追求する旅が始まった。

 そのほか、著者が取材した企業墓は、松下電器産業(現・パナソニック)、日本生命、コクヨ、キリンビールのような現在でも発展を遂げている企業から、そごう、ミノルタカメラ、千代田生命保険など、すでに合併されたり破綻したりした企業まで多岐にわたる。企業墓へのお参りを重視している企業と、放置したままになっている企業、それぞれのその後の運命はどうなったのか。企業の栄枯盛衰をめぐるさまざまなドラマが「企業墓」に刻まれている。

 企業とは誰のものか、企業にとって“死”とは何かについて、深く考えさせられる衝撃のルポルタージュだ。

文=とみたまゆり