「八咫烏」シリーズの阿部智里、初の現代小説! 昭和と平成が重なり合って“発現”する恐ろしき正体とは?

文芸・カルチャー

2019/1/30

『発現』(阿部智里/NHK出版)

 統合失調症という病気がある。症状のひとつにあげられるのが、現実にあるはずのないものが見えてしまう、というものだ。誰かが自分を監視している。いるはずのない誰かの気配が家の中に漂っている。ないものをあると思いこみ、助長した不安と猜疑心がさらに現実を歪めていく。だがもし本当に、幻影ではないのだとしたら。「ある」ことを証明できない状態で、いったいどうすればその恐怖から逃れることができるのだろう――。伝播し続ける幻に脅かされ、追い詰められていく者たちを描いたのが阿部智里さんの最新作『発現』(NHK出版)である。

 阿部さんといえば言わずと知れた「八咫烏」シリーズの著者だ。雅な世界で繰り広げられる累計100万部突破のファンタジーは、シリーズが進むにつれて「現実」の私たちとリンクした。2つの世界を壮大に重ね合わせた阿部さんならではの巧みな構成で、『発現』では昭和と平成、2つの時代が絡み合っていく。

 大学生の主人公・さつきにはひとまわり年上の兄・大樹がいる。義理の姉・鞠香が言うには、大樹の様子がおかしいらしい。あるはずのないものを見て、怯え、愛娘であるあやねを忌避して遠ざける。いったい何が起きたのか――探っていくうちにさつきは、かつて無残な自死をとげた母の姿を重ねる。大樹のやつれきったその風貌は、まさに母の死の直前のようであったのだ。やがて、さつきにもその幻影が迫ってくる。恐怖に慄くさつき。ほの暗い闇そのもののようなその幻影は、さつきたちに何を望んでいるのか。その真相は意外なところにつながっていく。

 筆者が幼い頃、祖父に聞いたことがある。「おじいちゃんは戦争中、人を殺したの?」と。戦地に直接赴く役職ではなかった、というようなことを聞いて、「よかったー」と言った自分の無邪気さがどれほど罪深いものだったか、今も時々、考える。戦争に加担していた以上、直接手を下したかどうかは問題ではない。そもそも当時、祖父をはじめ国民はみな「義務」であり「尊いこと」であるとして戦争に参加していたのだ。それなのに敗戦し、時代が変わったとたんに栄誉は罪へと変わる。本作を読んで「おじいちゃんが人殺しじゃなくてよかった」などと呑気に思ってしまった己の無知な愚かさを、恥とともに思い出した。

 阿部さんが本作で描き出したのは「正義」の不確かさだ。勝つため、仲間や国を守るため、人の命を奪うことはあの時代、許されていた。だがそれはただ、社会的に罰せられなかったというだけだ。ひとりの人間として他者に向き合ったとき、どんな正当性を並べ立てようとも誰かの命を一方的に奪うことが正義であるはずがない。立場上は正しいことをした自分と、人として間違ったことをした自分。保身と罪悪感のせめぎあいが、本作で「ある」はずのないものを“発現”させた。善悪では割りきれない問いを容赦なくつきつけてくる著者の筆致には、唸るしかない。

「『ファンタジーを書いてきた阿部智里がそれ以外にこんな作品も書くんだ』ということをお伝えしたかった」という阿部さん。本作を皮切りに今後もどんな物語を紡ぎだすのか、ますます楽しみである。

文=立花もも