介護が終わっても“うつ”は終わらない…。安藤和津さんが経験した13年の介護記録

暮らし

公開日:2019/1/30

『“介護後”うつ 「透明な箱」脱出までの13年間』(安藤和津/光文社)

 高齢化社会に拍車がかかっている近年は、老々介護や孤独死など介護に関係のある社会問題が話題となることも多い。介護は終われば心身が楽になると考えられがちだが、実はそれほど簡単な問題ではない。そんな介護の苦しさを包み隠さず教えてくれるのが、タレント兼エッセイストとして活躍中の安藤和津さんが記した『“介護後”うつ 「透明な箱」脱出までの13年間』(光文社)だ。

■実の母親を10年以上にわたり、介護

 安藤さんは40代後半から10年以上にわたり、認知症を患った実の母親を介護していた。

認知症という病は、時に人格をも奪います。目に見えないその敵を、母親と錯覚した私は、病名が判明するまで母を憎み抜きました。

 介護に苦しんでいた当時の自分をそう振り返る安藤さんは「親の死」を経て、介護というトンネルを抜け、休息を得られると思っていた。しかし、親の介護から解放された後、彼女を襲ったのは「介護後うつ」という、より先の見えない苦しみであったのだ。

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 脳腫瘍が起因し、認知症だけでなく老人性うつ病も発症していた安藤さんの母親は数多くの奇行や暴言をみせ、後に「要介護5」の寝たきり状態となった。そんな母親のため、安藤さんは自身も体力が落ちていく中、1食5品の介護食を毎日作り続け、3時間置きのオムツ交換をきっちりと行い、心身共に限界な状態であったという。そして、過酷な生活を続けた結果、安藤さんは「抱え込み症候群」に陥り、介護うつ状態となってしまった。

心の中から喜怒哀楽の感情がすっかり消えてしまったので、表情もまるで能面のようだったかもしれません。きれいな花を見ても美しいと思えない。晴れ渡った青空を見ても心がビクとも動かない。心が抱え込んだ、目に見えない負の小さな粒が積もり積もって肥大化して全身を覆ってしまい、まるで透明なぶ厚い壁に閉じ込められてしまうような感覚だったのです。知らないうちに、私は透明な箱の中に閉じ込められていました。

 体と心を酷使した安藤さんは、母親が亡くなる1年ほど前からこうした感情を抱えるようになり、介護が終わった後はさらにうつ状態が悪化した。それまで1日24時間すべてを介護に費やしていた彼女は、介護が終わり、生きる軸を失ってしまったのだ。介護は介護対象者が亡くなれば形式的には終わるが、心が解放されるまでには時間がかかる。「もっと自分にできることがあったのでは…?」介護をしていた側は、どうしてもそんな想いに駆られてしまう。こうした想いは介護を必死に行えば行うほど、強くなってしまうようにも感じられる。

介護の終わりが介護うつの終わりではないという事を、身をもって知りました。

 苛酷な状況を乗り越え、そう話せるまでになった安藤さん。彼女が語る介護の厳しさや介護後うつの実態は、「つぶれない介護」を考えるきっかけを与えてくれるだろう。

 本書には実用編として、心身のメンテナンス法も収録されている。現在、終わりの見えない介護に悩んでいる方はぜひ参考にしてみてほしい。

■笑って「さようなら」を言うには?

「どうすれば、介護が楽になるのか」実際に介護に携わっている人は、こうした想いを抱く余裕もなく、毎日を送っている。

 私も今からちょうど1年前に、認知症を患った祖母の介護に携わった。介護を主として担う母の苦労も間近で見てきた。「いただきます」の意味も分からなくなり、家族の名前も言えなくなった祖母は、それまで何十年と見てきた祖母とはまったく別人のように感じられた。

 安藤さんも指摘しているように、認知症はその人の人格すらも変える病気だ。筆者の祖母も発症後はお金や洋服に執着するようになり、「早く楽になりたい」と口走ることが増えた。そんな言葉を聞いたり、変わってしまった祖母の姿を見たりするたび、何度心が締め付けられたことだろう。

 しかし、介護が長引くと、切なさや悲しさよりも苛立ちを感じる機会が増えてしまい、自己嫌悪に苛まれたのも事実だ。介護中は自分の時間を相手の食事やトイレの介助に使わなければならない。粗相や奇行など予想外のことが起こる可能性もあるため、24時間神経を研ぎ澄ます必要もある。そうなると、心身共に疲れ、相手に苛立ちを感じたり、うつ状態になってしまったりするのだ。実際、筆者も介護に明け暮れているときは理由もないのに涙が止まらなくなり、祖母が亡くなった後は介護中の自分のふがいなさを責め、後悔の念に駆られる日々が数カ月続いた。

 では、こうした苦しい気持ちを抱えず、うつ状態にならないためにはどうしたらいいのか。その答えを安藤さんは本書の中でたくさん語ってくれている。

 例えば、筆者のように介護中に心のエネルギーが削られてしまう方は100%の介護を目指さないよう、意識してみるとよいかもしれない。どれだけ介護を必死に行っても、介護される人の気持ちを100%理解し、完璧にサポートすることは不可能に近い。だからこそ、「100%の介護などできなくて当たり前」という気持ちを持ちつつ、介護に関わっていくことが、介護うつや介護後うつを避ける近道となるのだ。

 親だって、かわいい我が子や大切な家族たちが歯を食いしばって介護する姿を見たくはないはずです。人間は誰もが「オギャア」と泣いて生まれて来ます。ですから人生のラストは、笑って見送ってあげましょう。

 介護後うつという透明な箱を脱出した安藤さんのこの言葉は、介護される側もする側も心が安らぐ介護の形を考えさせてくれる。ひとりで頑張りすぎない介護をしていけば、人生の最期に「ありがとう」や「さようなら」を笑って伝え合うこともできるかもしれない。

文=古川諭香