セックスレス人妻、童貞食いを繰り返すOL…SNSの“裏アカ”でむき出しになる人間の素顔

文芸・カルチャー

公開日:2019/2/11

『仮想人生』(はあちゅう/幻冬舎)

 本当の私はどこにいるのだろう。現実世界でつまらない日常を過ごす自分と、ネットの世界で好き勝手な発言ばかり繰り返す自分。どちらが欠けてもきっとうまくいかない。現実とネット、2つの世界があるから生きていける。ネットに精通した現代人の多くはそんな2つの世界を生きることで心のバランスをとっているのではないだろうか。

 大人気ブロガー・はあちゅう氏による最新小説『仮想人生』(幻冬舎)は、そんな、現実世界とネット世界とを行き来する現代人の姿を描き出した衝撃作。現実世界で「普通の人」でいるために必要となる、ネットの世界での息抜き。息抜きだったはずの世界に次第に侵食されていく日常。在学時からブログ本を出版するなどブロガーとして活躍してきた、ネットの世界を知り尽くしたはあちゅう氏だからこそ描けた世界がここにある。

 物語の中心となるのは、専業主婦のユカ、33歳。彼女の夫・恭平は、人材派遣会社を経営しており、帰りがいつも遅い。一人で過ごす時間に耐えきれずに、ユカはツイッターで「人妻の美香」という名の裏アカウントを作成。裏アカウントから見る世界は、本音と欲望に満ち溢れていた。「結婚4年目セックスレス人妻。DM解放しています」。そんなプロフィールをみた男たちは、ユカに不遠慮な言葉を浴びせかけていく。彼女はそんな言葉に辟易としつつも、次第に、Twitterでのやりとりに魅せられていく。だが、現実では、恭平が突然姿を消してしまい…。

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 はあちゅう氏が描き出した世界はあまりにもリアル。寂しさを抱えて裏アカウントを作成した「人妻の美香」以外の登場人物たちも、ネット世界にいそうな人物ばかりだ。アパレル店員だが、ナンパ師としての裏の顔の戦績をツイッターで公開している「圭太 23歳」。ツイッターにアップした絵が突然注目を浴びて有名人となった大学生「ナオ20歳」。普段は大学生だが、デリバリーホストとしてのバイトをこなし、ツイッターでは他の人のツイートをマネしてはリツイート数を稼いでいる「暇な医大生 21歳」。普段は普通のOLだが、童貞食いをやめることができない「ねね 42歳」…。はあちゅう氏は、現実世界での彼らの姿と、SNSでむき出しになるその素顔のギャップを巧みに描き出す。ネットの人々は一体何に怯え、何に孤独を感じているのだろう。この本を読むと、あらゆる人々の裏の顔を垣間見たような気分になる。そして、彼らの孤独と葛藤に共感している自分に気づかされる。

 ネットでは日常だったら出会うはずのない人と交流することができる。会おうと思えば会うことだって簡単だ。世の中では、その危険性が叫ばれているが、本当に悪いことばかりなのだろうか。この作品では、ネットの恐ろしい一面だけではなく、クライマックスにかけて希望も描き出す。ネットは決して悪いばかりのものではない。人と人との絆を生み出す、あたたかい一面もある。

 この衝撃の裏アカウント小説は、多くの人の心に響くに違いない。特に、ネットと現実世界を行き来することによって自分を保っている若者たちにとっては、救いともなるのではないか。普段からネットの世界にどっぷりと浸かっている人もそうでない人も、はあちゅう氏の描いた物語に惹きつけられることは間違いない。

文=アサトーミナミ